いにしえララバイのブログ

いにしえララバイのブログは、平成22年4月に開設しましたブログで、先史時代の謎を推理する古代史のブログです。

タグ:古事記

 イザナギは黄泉の国から逃げて、葦原の中つ国に戻ってきます。穢らわしい身につけた衣服などを脱ぎ捨て、筑紫の日向の阿波岐の原で禊ぎをされます。
【本文】
是以伊邪那伎大神詔。吾者到於伊那志許米志許米岐。穢國而在祁理。故吾者爲御身之禊而。到坐竺紫日向之橘小門之阿波岐。原而。禊祓也。
【解説】
イザナギ大神が言われるには。吾はなんとひどくよごれた、穢らわしい国に行っていたのだろう。我が身を禊ぎしなければならない。筑紫の日向の橘小門の阿波岐の原で禊ぎ祓いされた。
【私感】
この筑紫の日向とは、一体、何処なのだろうか。日向が神話に出てくるのがもう一つあって、ニニギノミコトが天孫降臨した、日向の高千穂。この高千穂も二カ所あって、宮崎県と鹿児島県をまたぐ高千穂峰と宮崎県西臼杵郡高千穂町の高千穂峡。どちらも、昔の日向国。ただ、ここでは筑紫となっている。筑紫というと福岡県。でも、禊ぎをする場所としては、高千穂峡かな。ここには、アマテラスがスサノオと争って、天岩戸に隠れられた大きな岩も存在する。

 ここでは、イザナギが身につけた衣服や装飾品を脱ぎ捨てる。そこから、新たに神が生まれます。この当時の服装がわかるシーンです。
【本文】
故於投棄御杖所成神名。衝立船戶神。次於投棄御帶所成神名。道之長乳齒神。次於投棄御裳所成神名。時置師神。次於投棄御衣所成神名。和豆良比能宇斯能神。次於投棄御褌所成神名。道俣神。次於投棄御冠所成神名。飽咋之宇斯能神。次於投棄左御手之手纒所成神名。奧疎神。次奧津那藝佐毘古神。次奧津甲斐辨羅神。次於投棄右御手之手纒所成神名。邊疎神。次邊津那藝佐毘古神。次邊津甲斐辨羅神。 右件自船戶神以下。邊津甲斐辨羅神以前。十二神者。因脫著身之物所生神也。
【解説】
つえを投げ捨てたところから、ツキタツフナトノカミが生まれた。次に帯を投げ捨てたところから、ミチノナガチハノカミが生まれた。次に袋を投げ捨てたところから、トキハカシノカミが生まれた。次に衣を投げ捨てたところから、ワヅラヒノウシノカミが生まれた。次に袴を投げ捨てたところから、チマタノカミが生まれた。次に冠を投げ捨てたところから、アキグヒノウシノカミが生まれた。次に左手の手纒(腕輪)を投げ捨てたところから、オキザカルノカミ、オキツナギサビコノカミ、オキツカヒベラノカミが生まれた。次に右手の手纒を投げ捨てたところから、ヘザカルノカミ、ヘツナギサビコノカミ、ヘツカヒベラノカミが生まれた。フナトノカミからヘツカヒベラノカミまで十二の神が、衣服や所持品から生まれた。
【私感】
黄泉の国で、身につけた物すべてに穢れが付いているという考え方。ここで生まれてくる神は、善意的な神というよりは、計り知れない力を持った霊魂を表している。その恐ろしい霊魂を払い除けて、穢れを禊ぎした。

 イザナギは、衣服を抜き捨て、所持品を捨てて、裸になり、流れている川の一番よいところを選び、じゃぶんと飛び込んだ。
【本文】
於是詔之上瀨者瀨速。下瀨者瀨弱而。初於中瀨随迦豆伎而。滌時。所成坐神名八十禍津日神。次大禍津日神。此二神者。所到其穢繁國之時。因汚垢而所成神之者也。次爲直其禍而所成神名神直毘神。次大直毘神。次伊豆能賣神。
【解説】
上の瀬あたりは流れが速い。下の瀬あたりはながれが遅い。そう言って、中の瀬に降りて、水の中に入った。すると、ヤソマガツヒノカミが生まれ、次にオオマガツヒノカミが生まれた。この二神は、穢繁國(黄泉の国)で体に付いた穢れから生まれた神。次に禍々しいものを真っ直ぐにした。その時に生まれたのが、カムナオビノカミ、オオナオビノカミ、イヅノメノカミ。
【私感】
イザナギは水の中に潜って、邪悪な霊魂を取り除き、心身が曲がっている精神などを真っ直ぐに素直にして、禊ぎを行った。

 イザナギは、穢れをすべて取り除き、住吉の神々が生まれます。
【本文】
次於水底滌時。所成神名。底津綿。津見神。次底筒之男命。於中滌時。所成神名。中津綿津見神。次中筒之男命。於水上滌時。所成神名。上津綿津見神。次上筒之男命。此三柱綿津見神者。阿曇連等之祖神以伊都久神也。故阿曇連等者。其綿津見神之子。宇都志日金拆命之子孫也。其底筒之男命中筒之男命上筒之男命三柱神者。墨江之三前大神也。
【解説】
水の底に沈んで最初に生まれた神は、ソコツワタツミノカミとソコツツノオノミコト。水の中程で濯いだときに生まれた神は、ナカツワタツミノカミとナカツツノオノミコト。水面近くで生まれた神は、ウワツワタツミノカミとウワツツノオノミコト。この三柱のワタツミノカミは、安曇連の祖で、そのワタツミノカミの子。ウツシヒカナサクノカミは子孫にあたる。ソコツツノオノミコトとナカツツノオノミコトとウワツツノオノミコトの三神は、墨江(住吉神社)の神々。
【私感】
今まで、穢れの霊魂が生まれてきたが、ここで初めて、海神系の神々が生まれる。それも、ヤマト王権に豪族、安曇氏が出てきます。そして、全国に普及している住吉神社の祭神も。また、墨江とは、大阪の住吉大社のある場所。現在でもこの地名が残っていますし、住之江と新しく名称が変わってもいます。


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 イザナミがカグヅチによって死んでしまいます。それでも、神なのですね。黄泉の国、イザナミの故郷、出雲に身を隠したのです。そこで、イザナギはイザナミに会いたくて出雲まで会いに行きます。そこで、イザナギはイザナミに会うことができます。しかし、その姿は腐敗してウジ虫が湧いている状態でした。
【本文】
於是欲相見其妹伊邪那美命。追往黃泉國。爾自殿騰戶。出向之時。伊邪那岐命。語。詔之愛我那邇妹命。吾與汝所作之國。未作竟。故可還。爾伊邪那美命答白。悔哉。不速來。吾者爲黃泉戶喫。然愛我那勢命。入來坐之事恐故。欲還。且與黃泉神相論。莫視我。如此白而還入其殿内之間。甚久難待。
【解説】
イザナギはそののち、妹、イザナミに会いたくて、黄泉の国へと追いかけます。出迎えたイザナミに対して、イザナギが声を掛けた「愛しい我が妹、吾と汝で作った国はいまだ作り終えていない。さあ、帰ろう」。すると、イザナミは答えて曰く「くやしいことです。もっと早く来てくれたなら。わたしは、黄泉の国の館で食事をしまいました。いとしいあなたが、この恐ろしい処に入ってこられたのはうれしい。わたしも帰りたい。黄泉の国の神に相談します。その間、わたしを視ないでください」といって、館に戻っていった。イザナギは久しく長い間、待ったが待ちきれなくなった。
【私感】
 黄泉の国とは、古代の中国では地下に死の世界があるとされていた。すると、イザナギはイザナミに会うため、墓地である横穴式石室か横穴系墓室に侵入したのではないでしょうか。そして、イザナミの姿を見て、イザナギは驚きます。
【本文】
故刺左之御美豆良。湯津津間櫛之男柱一箇取闕而。燭一火。入見之時。宇士多加禮斗呂呂岐弖。於頭者大雷居。於胸者火雷居。於腹者黑雷居於陰者拆雷居。於左手者若雷居。於右手者土雷居。於左足者鳴雷居。於右足者伏雷居。并八雷神成居。
【解説】
みづらイザナギは左のミヅラに指してあったユツツマ(聖神な櫛)を取り出し、一本の歯を折り、火を付けた。そして、館に入ってみた。イザナミの体にはゴロゴロとウジ虫が。その体には、頭にオオイカヅチ、胸にオノイカヅチ、腹にクロイカヅチ、陰部にサキイカヅチ、左手にワカイカヅチ、右手にツチイカヅチ、左足にナリイカヅチ、右足にフシイカヅチがいた。すべて、八つの雷のオロチがいたことになる。
【私感】
  ミヅラとは、『古事記』が編纂された時代かそれ以前の男子の髪型で、長髪を頭の真ん中で分け、耳元で束ねたヘアスタイル。この髪型は、古墳の周りに立てられた埴輪からも窺える。火雷居と書いてイカヅチと読み、火が出る雷の居、大蛇のオロチを表しています。大蛇がイザナギに襲いかかります。
【本文】
於是伊邪那岐命見畏而。逃還之時。其妹伊邪那美命。言令見辱吾。即遣豫母都志許賣。令追。爾伊邪那岐命。取黑御鬘投棄。乃生蒲子。是摭食之間。逃行。猶追。亦刺其右御美豆良之湯津津間櫛引闕而。投棄。乃生笋。是拔食之間。逃行。
【解説】
それを見たイザナギは、恐ろしくなって背を向けて逃げた。イザナミは、「わたしに恥をかかせた」と言って、すぐさまヨモツシコメ(黄泉の国の醜い女)にイザナギを追わせた。そこで、イザナギはクロミカズラ(頭に巻いた蔓草の冠)を取って投げ捨てた。すると、そこからエビカズラ(山ブドウ)が生えてきて、ブドウが実って、ヨモツシコメたちはブドウを食べているうちにイザナギは逃げた。それでも、まだ追いかけてくるので、右のミヅラに指しておいたユツツマの歯を抜いて、投げ捨てた。すると、タケノコが生えて、またそれを食べている間にイザナギは逃げた。
【私感】
 頭の上に付ける冠も世界的に同じなのですね。日本では葡萄が採れるので、その蔓をあしらっている。古代ギリシアのアポローンの祭りの勝者には月桂冠ですものね。古代オリンピックではオリーブ冠でした。また、ここでもユツツマが出てきますね。古代の櫛で、松茸が生えてくるとありますから、その当時、櫛は竹から作られていたのでしょう。遂に、イザナギは追っ手を追い払うために、カグツチを斬った十拳の剣を振り回します。
【本文】
且後者。於其八雷神。副千五百之黃泉軍。令追。爾拔所御佩之十拳劔而於後手布伎都都。逃來。猶追到黃泉比良。坂之坂本時。取在其坂本桃子三箇。待撃者。悉逃返也。爾伊邪那岐命告其桃子。汝如助吾。於葦原中國所有宇都志伎。青人草之。落苦瀨而。患惚時。可助告。賜名號意富加牟豆美命。
【解説】
その後に八つイカヅチと千五百の黄泉の軍人が追いかけてきた。そこで、イザナギの腰から十拳の剣を抜いて、振り回しながら逃げた。でも、黄泉のものは更に追っかけてきた。やっとの事で坂本の比良坂(黄泉の国境)たどり着いた。そして、坂本に生えていた桃の実を三つ取って投げつけた。すると、黄泉の追っ手は恐ろしくなって逃げ帰った。そこで、イザナギは桃の実に「汝は吾を助けてくれた。葦原の中つ国で生まれた青人草(人たち)が苦しみのすえ患ってしまった時に、助けてください」と言って、オオカムヅミ(偉大な神の実)の名を授けた。
【私感】
 ここで坂本と出てきますが、坂は上がりと下りがあって、その頂上を坂本と言ったようです。そこが黄泉の国とイザナギが作った葦原の中つ国の境してある。この葦原の中つ国側には桃が咲いていて、桃太郎伝説のある吉備国と解釈すると、この神話にはヤマト王権の勢力範囲が示されているように思える。崇神天皇の頃に吉備を味方に入れ、最後の敵、出雲と戦った。黄泉の国が出雲だとすると、この神話は崇神天皇の時代に作られたとしても過言ではない。
【本文】
最後其妹伊邪那美命。身自追來焉。爾千引石。引塞其黃泉比良坂。其石置中。各對立而。度事戶之時。伊邪那美命言。愛我那勢命。爲如此者。汝國之人草。一日絞殺千頭。爾。伊邪那岐命詔。愛我那邇妹命。汝爲然者。吾一日立千五百產屋。是以一日必千人死。一日必千五百人生也。故號其伊邪那美神命。謂黃泉津大神。亦云。以其追斯伎斯。而。號道敷大神。亦所塞其黃泉坂之石者。號道反大神。亦謂塞坐黃泉戶大神。故其所謂黃泉比良坂者。今謂出雲國之伊賦夜坂也。
【解説】
最後にイザナミが自ら追っかけてきた。そこで、黄泉の比良坂の道のど真ん中に大きな岩を置いて、イザナミが追ってくるのを塞いだ。イザナギとイザナミはその岩をはさんで向き合い、イザナミが「いとしいあなたが仕打ちをなさるなら、わたしはあなたの国の人々を一日で千人も殺してしまいますよ」と言った。イザナギも「愛おしい妹よ、そのようにするのであれば、われは千五百の産屋を建てて、人を増やしますよ」と言い、葦原の中つ国では、千人が死ぬと千五百の人が生まれてくるので大丈夫でした。イザナギは、そんなイザナミをヨモツオオカミと名付け、或いは、イザナギに追い着いたことからチシキノオオカミと名付けた。また、イザナギとイザナミを遮った岩には、チガヘシノオオカミを、または塞いだのでヨミドノオオカミと名付けられた。そして、この黄泉の比良坂は、今では出雲の国の伊賦夜坂(出雲国風土記では、意宇郡条に伊布夜の社とあり、現在の島根県八束郡東出雲町揖屋町の揖夜神社のことではないかと言われている)。
【私感】
 イザナギとイザナミの段では、ヤマト王権と出雲の関係がこのように描かれています。ヤマト王権と出雲王朝とが手を結ぶために、イザナギとイザナミの婚姻という形にしてあるのですね。この後、イザナギは葦原中国平定のために、また多くの神々を生みます。そして、出雲では、オオクニヌシが出てきて、国譲り神話が展開されていきます。

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 イザナミは、アワジノホノサワケシマの神からヒノヤギハヤオの神までを兄のイザナギとまぐわれ、多くの神をお産みになった。火の神であるカグツチの出産後、陰部を火傷されて病気になられ、嘔吐かれた痰や糞から神をお生みになって、ついに亡くなられます。そして、悲しんだイザナギは涙を流され、剣でカグツチを斬られる。そのカグツチの亡骸から神が生まれる。
【本文】
因生此子。美蕃登。見炙而病臥在。多具理邇。生神名。金山毘古神。次金山毘賣神。次於屎成神名波邇夜須毘古神。次波邇夜須毘賣神。次於尿成神名彌都波能賣神。次和久產巢日神。此神之子謂豐宇氣毘賣神。故伊邪那美神者。因生火神。遂神避坐也。凡伊邪那岐伊邪那美二神。共所生嶋壹拾肆嶋。神參拾伍神。
【解説】
カグツチを生んだとき、イザナミの美蕃登(女性の陰部で、蕃とは古語で現在は死語)を焼かれて病になった。イザナミはたぐり(嘔吐物)でカナヤマビコという神を生んだ。次にカナヤマビメの神(男神と女神の鉱山の神)。次に糞から神の名がハニヤスビコの神になり、次にハニヤマビメの神(男神と女神で、埴輪や土器に使用される土の神)。次に、尿から神の名がミツハノメの神(彌は水で、波は流れを表すことから農業用水の神)。次にワクムスヒの神(和久は若々しいという意味で、巣は人が住むところを生みだす神、言い換えれば農耕の神)。この神の子はトヨウケビメ(豊かで、宇が屋敷を表し、氣は元気がでる物を表していることから、食べ物の神)。そして、イザナミは火の神によって亡くなられて、神となられた。イザナギとイザナミはオノゴロ島で、十四の島と三十五の神を生まれた。
【私感】
 イザナギとイザナミのモデルは、元々が中国から船で稲を持ち込んだ民族。そして、イザナミは、鉄器に関係が深い民族であったことがこの『古事記』の文章で窺えます。遠い神話が描かれた昔、イザナギの民が中国からジャポニカ米の稲を持ち込んで、縄文人と共に稲作を始める。そこに、鉄器製造技術を持ち、農業用水路、灌漑を人工的に作れる土木技術を持ったイザナミの民が朝鮮半島経由で日本に。そして、オノゴロ島、淡路島を中心にした畿内に集結してきた。縄文時代後期の河内湾の森ノ宮貝塚に、海上を利用して船で、九州から西平式土器、関東から城之内土器、東北から亀ヶ岡式土器、北陸から八日市新保式土器が持ち込まれています。九州の民は瀬戸内海を経路とし、関東や東北の民は太平洋沿岸を経路とし、北陸の民は琵琶湖経由で。縄文時代後期から縄文人は船を利用して、日本の本州、九州、四国を移動して各地の民同士で交流があった。そこに、イザナミの民が水田による稲作を伝え、遅れてイザナミの民が鉄器や土木技術を持ち込んだ。『古事記』に描かれている神話の時期を三世紀から四世紀と仮定すると河内湾は次の地図になります。
古代の河内湖
古代の河内湖1800-1600年前(『続大阪平野発達史』梶山・市原、1985)
 イザナミの死によってイザナギは、イザナミの故郷である出雲地方にその遺体を葬った。出雲地方は鉄器の発祥地ですから。
【本文】
故爾伊邪那岐命詔之。愛我那邇妹命乎。謂易子之一木乎。乃匍匐御枕方。匍匐御足方而。哭時。於御淚所成神。坐香山之畝尾木本。名泣澤女神。故其所神避之伊邪那美神者。葬出雲國與伯伎國堺比婆之山也。
【解説】
さて、イザナギは仰せられて、「愛しいわたくしの妹君を一人きりにしてしまった」と。枕もとに這いつくばって、足下にはいつくばって、泣いた時、涙になって生まれた神が香具山の畝尾にある木のもとにお座りになったナキサワメの神(泉の女神)でした。そして、イザナミはその木の側で亡くなられて、神に成られたので、出雲の国と伯耆の国の境にある比婆山に葬った。
【私感】
 この文章は、イザナギという大王が実権のある大和三山の天香久山と畝傍山辺りにイザナミという妃の死体を遺棄し、出雲と伯耆の境にある比婆山に葬った。この神話がヤマト王権の天皇と出雲の姫との出来事のようにも受け止められます。実在していないかも知れない神武天皇と五十鈴媛命と仮定しても。実際には、ヤマト王権の初期、大和と出雲が敵対していた崇神天皇の時代の話ではないでしょうか。

 イザナギが腰から抜いた剣は、先まで幅広く、拳が十も繋がる長い剣でした。スサノオがオロチを退治した剣やニニギが天孫降臨で高千穂峰に差し込んだ天叢雲剣(草薙剣)と同じ形態の剣でした。ここでの剣は神霊として扱われています。神武天皇が東征したときに現れるタケミカヅチの神と同じ扱いのアマノオバマの神です。
【本文】
於是伊邪那岐命。拔所御佩之十拳劔斬其子迦具土神之頸。爾著其御刀前之血。走就湯津石村。所成神名石拆神。次根拆神。次石筒之男神。次著御刀本血亦走就湯津石村。所成神名。甕速日神。次樋速日神。次建御雷之男神。亦名建布都神。亦名豐布都神。次集御刀之手上血。自手俣漏出。所成神名。闇淤加美神。次闇御津羽神。 上件自石拆神以下。闇御津羽神以前。并八神者。因御刀所生之神者也。
【解説】
イザナギは、腰の立派な剣を抜いてカグツチの首を斬った。その刀の先についた血が周りの岩群に飛び散り、そこに生まれた神がイワサクの神(岩を取り除く神)。次にネサクの神(草の根っこを抜き取る神)。次にイワツツノオの神(岩を粉々にする小槌の神)。次に刀の手元に付いた血も岩群に飛び散り、神となったのがミカハヤヒの神(甕即ち土器の神)。次にヒハヤヒの神(樋とあるので、トユ即ち水を流す排水路の神)。次にタケミカヅチノオの神(後に剣の神とか相撲の神として出てくるが、ここでは雷の神)、またの名をタケフツの神とかトヨフツの神(布都は、布都御魂という剣のフツなので剣の神となる)。次に刀の握りの部分の手についた血が、指の間から漏れて、滴り落ちて生まれた神がクラオカミの神(淤加美とは古語で龍を表すことから、水や雨を司る神)。次にクラミツハの神(闇は谷間を表し、御津は水を、そこで谷間から湧き出てくる水の神)。このイワサクの神からクラミツハの神まで、八つの神が刀の一振りから生まれた神です。
【私感】
 ここで生まれた神は、農業に関わる神ばかり。岩を取り除き雑草を刈って、石を砕き、砂や土にして、農地を開拓。タケミカヅチノオは雷の神として扱われ、雷が鳴ると民は農耕には好ましい雨を予感することから、雷も神として崇められた。農水路や谷水も農耕には大切な施設や資源として神に。土器も縄文人から受け継いだ道具。火の神であるカグツチを斬って、農耕に関係がある神が生まれる。これは、鉄器製造などの最新技術が朝鮮半島、特に百済からもたらされ、縄文時代晩期からの農耕が革新的に発展していく様子がうかがえます。そこには、剣という軍事の力が見え隠れしていますね。

 カグツチの亡骸から山の神に生まれ変わります。軍事をあらわす剣は伊都之尾羽張として、伊都(イツ)は「稜威」という言葉に変えることにより、神聖であること。天皇の威光をあらわす言葉。高天原との関係から「天(アメ)」としても使われる。尾羽張の羽は「刃」と変えることにより、山の尾根の張り出した剣、即ち刃物の両端が鋭く、幅の広い剣です。
【本文】
所殺迦具土神之於頭所成神名。正鹿山津見神。次於胸所成神名。淤縢山津見神。次於腹所成神名。奧山津見神。次於陰所成神名。闇山津見神。次於左手所成神名。志藝山津見神。次於右手所成神名。羽山津見神。次於左足所成神名。原山津見神。次於右足所成神名。戶山津見神。故所斬之刀名。謂天之尾羽張。亦名謂。伊都之尾羽張。
【解説】
カグツチが殺され、その死体の頭から神が生まれ、その神の名がマサカヤマツミの神(鹿は帝位も表している)。次に胸から神になったのは、オドヤマツミの神(淤は泥で溶岩、縢は「かがる」と読み、止めるという意味)。次に腹から、オクヤマツミの神(深い山奥を表している)。次に陰部から、クラヤマツミの神(闇は山の谷間の暗い場所)。次に左手からシギヤマツミの神(志は木を表し、藝は茂るの意味)。次に右手からハヤヤマツミの神(羽は麓を表し、山の入口で農耕ができる場所)。次に左足から、ハラヤマツミの神(原は山の野原を意味し、原は石と泉から構成されている漢字なので、山中の泉も意味している)。次に右足からトヤマツミの神(戸とは入口を意味しているので、山と里の境)。カグツチを斬った刀の名はアメノオハバリ。別名をイツノオハバリ。
【私感】
 ここでも八つの神が生まれますね。それも山の神。人体の上層部から下層部に。頭から生まれた正鹿山〈津見神は天子を表し、その下位のヤマツミは各地の大王を表しているのでしょうか。イザナミの死とカグツチからの神々から、日本神話の裏に潜んでいる政権争いの観点で実際に起きた出来事を想定してみた。
 イザナギを天子とし、イザナミを出雲地方の大王の娘と仮定した場合、『古事記』の中巻の神武天皇と比売多多良伊須気余理比売(ヒメタタライスケヨリヒメ)との話と共通点があり、妃の名もタタラという鍛冶に関わりの名が付いていて、神武天皇の宮も畝傍山の麓の橿原宮となっています。ヒメタタライスケヨリヒメの母方は、大阪北部(茨木、高槻方面で、昔、三島郡と言われていた)の豪族の出身で、玉櫛媛(タマクシヒメ)の娘で鉄器製造していた豪族、三島溝咋耳一族でした。タマクシヒメとヒメタタライスケヨリヒメを祀った溝咋神社が大阪府茨木市五十鈴町にあり、崇神天皇によって創建されている。また、その神社の近く、大阪府高槻市三島江には加茂氏の三嶋鴨神社(オオヤマツミの神とコトシロヌシの神が主祭神)や高槻市赤大路町の鴨神社(オオヤマツミの神が主祭神)も存在している。タマクシヒメの父は加茂建角身命(カモタケツノミのみこと)で、神武東征で熊野から大和に案内した八咫烏の別名の神です。
 イザナギがカグツチの首をオハバリで斬った時に生まれる建御雷之男神(タケミカヅチ)の別名が建布都神(フツヌシ)とあり、これは『古事記』を編纂したときに書き加えたのではないか。建布都神は『出雲国風土記』では布都怒志命となっていて、『常陸国風土記』では普都大神となっていて、オオクニヌシの国譲りのところで活躍したタケミカヅチ共に葦原中国平定で降り立ったフツヌシノカミ(経津主神)。崇神天皇の時代に出雲を征圧したのが物部氏で、常陸にも物部氏が遠征して鹿島神宮を創建し、その主祭神として祀られたのが建御雷之男神。そして、香取神宮も創建し、その主祭神が経津主神。その後、蘇我馬子が物部守屋を丁未の乱で打ち破り、中臣鎌足が宮中で蘇我入鹿の暗殺を企てた結果、中臣氏のちの藤原氏が鹿島神宮と香取神宮を手に入れた。剣に関しても、建布都神の布都は布都御魂を指し、物部氏の石上神宮の神体は布都御魂剣です。
 また、カグツチの頭から生まれた正鹿山〈津見神についても、鹿という漢字が中国の周王朝の覇権の象徴として、中原(黄河の中・下流地域、現在の河南省を中心とし、山東省西部、陝西省東部にわたる地域)の鹿として扱われた。日本でも藤原氏の春日大社で、政権の神の使いとした鹿を飼っている。中国の『史記』の淮陰侯伝で「秦其の鹿を失い、天下共に之を逐う」とある。「鹿」と「禄」が同じ音から鹿を帝位にたとえ、政権を争うという「逐鹿」という漢字ができた。『古事記』の編纂に当たって、政権を鹿に置き換えたのでしょう。

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 イザナギとイザナミが国生みを終えて、次に生み出した神々は自然界、生活感溢れる神々でした。これらの神々の特徴を生かした形で裏には、縄文人と神話を作り出した渡来人との融和やこれからヤマト王権を支えていくだろう氏族が隠されていたと思います。
【本文】
既生國竟。更生神。故生神名大事忍男神。次生石土毘古神。次生石巢比賣神。次生大戶日別神。次生天之吹男神。次生大屋毘古神。次生風木津別之忍男神。次生海神名大綿津見神。次生水戶神名速秋津日子神。次妹速秋津比賣神。此速秋津日子速秋津比賣二神。因河海持別而生神名沫那藝神。次沫那美神。次頰那藝神。次頰那美神。次天之水分神。次國之水分神。次天之久比奢母智神。次國之久比奢母智神。
【解説】
国生みを終え、さらに神々を生んだ。オオコトオシオ(忍男と書かれ、天の忍男が五島列島を表していたことから、大地の神)を生みます。次にイシツチビコ(大地に転がる大きな岩や石の神)。次にイワスヒメ(砂の神)。次にオオトヒワケ(家の出入り口の神)。次にアメノフキオ(葦やススキで作った屋根の神)。次にオオヤビコ(屋とあるので住居の神)。次にカザモツワケノオシオ(忍男が付いているので大地に生え、暴風から保護する木の神)。次にオオワタツミ(海神と最初に付いて、綿は海の古語なので海の神)。次にハヤアキツヒコ(水戸神と最初に付いているので海の港を表し、速は速やか、秋は清き明るい古語で、速やかに清き港の神)。次にハヤアキツヒメ(最初に妹と付いているのでハヤアキツヒコの妹、女神)。この兄妹の神が河と海という性格を持つ神で、アワナギ(男神)とアワナミ(女神)の河口の神を生みます。次にツラナギ(男神)とツラナミ(女神)は、水面を表す神。次にアメノミクマリ(男神)とクニノミクマリ(女神)は、農業用水を配分する水路の神。次にアメノクヒザモチ(男神)とクニノクヒザモチ(女神)。この久比奢母智とはヒョウタンの古語で、ヒョウタンは縄文時代から水筒的な容器として使用されていたので、水に関係がある神。
【私感】
 各地に大きな岩信仰やご神木信仰などの自然崇拝が現在でも、また沖ノ島のように神の島として存在しています。これらの信仰は、一万年以上続いた縄文時代から継続的に行われてきた信仰で、中国から渡ってきた信仰ではないのです。これを『古事記』に記載していて、『日本書紀』には省かれている神々。オオワタツミが出てくる辺りから、海人系が加わり、縄文人を含めて、稲作を推進していく中で、農業用水路の神様や古代日本人が愛用していたヒョウタンの神様まで出てきます。
 また、『古事記』編纂に当たって、言い伝えられた神の名前に「毘古」或いは「日子」や「比賣」、「別」や「見」或いは「美」が使われていることから、『古事記』の原本は三〇〇年前後に作られた話と思われる。それと、ミクマリやクヒザモチでは、アメノが男性を表し、クニノが女性を。これ、考え方や物の見方を変えると、アメノは天つ神、クニノは国つ神。極端に言うと、アメノは渡来人の男子、クニノは縄文人の女子。そのようになると、三〇〇年前後の『古事記』の原本だけれども、言い伝えられた話はもっと遡り、稲作が中国から伝わった時期まで。この部分の文章は、古代の生活感溢れる話となっています。

 この後、イザナギとイザナミは風の神や山の神、船や火の神まで生みます。そして、イザナミは火の神を生んで、火傷してイザナミは出雲の国に。イザナギは黄泉の国へと話が展開していきます。
【本文】
次生風神名志那都比古神。次生木神名久久能智神。次生山神。名大山津見神。次生野神。名鹿屋野比賣神。亦名謂野椎神。此大山津見神野椎神二神。因山野持別而生神名天之狹土神。次國之狹土神。次天之狹霧神。次國之狹霧神。次天之闇戶神。次國之闇戶神。次大戶惑子神。次大戶惑女神。次生神名鳥之石楠船神亦名謂天鳥船神。次生大宜都比賣神。次生火之夜藝速男神。亦名謂火之炫毘古神。亦名謂火之迦具土神。
【解説】
イザナギとイザナミは、次にシナツヒコ(風の神)を生みます。次にククノチ(木の神)。次にオオヤマツミ(山の神)。次にカヤノヒメ(野の神)で、別名をノツチという。その山の神オオヤマツミと野の神ノツチが山と野を分担して野山の神を生んだ。そして、アメノサツチとクニノサツチで砂と土の神。次にアメノサギリとクニノサギリで霧の神。次にアメノクラトとクニノクラトで闇の戸とあるので、暗闇の出入り口の神(洞穴の神)。次にオオトマドヒノコ(男神)とオオトマドヒノメ(女神)で戸と惑とあるので、出入り口から出てきた迷子の神。これらの神々はイザナギとイザナミの孫にあたる神。その後、イザナギとイザナミはトリノイハクスフネで別名をアメノトリブネで鳥と船とあるので神の乗り物(鳥と船は同等を表し、石と楠とあるので、石や楠で作られた船を表している)の神。次にオオゲツヒメ(穀物の神)。次にヒノヤギハヤオ(火の神)で別名をヒノカガビコ或いは、ヒノカグツチと言いました。
【私感】
 この個所は、自然界の神々を列記されています。しかし、縄文時代から山で洞窟など住んでいた人が野に出てくる様子が描かれ、それも霧によって現れることになっている。それと、日本原林ではない楠という木材で作られた船で河口に現れ、楠は中国から持ち込んだのでしょう。それと稲穂の米粒も持ち込んだと思われ、縄文人が野に出て、中国から渡ってきた人達と共に、稲作を始める。ここで、ヒコやミやヒメが付いている神(風、山、野、穀物、火)は、中国から稲作を持ち込んだ人達が認識していた神々で、その他の神々は縄文時代から存在していた自然環境と、日本に稲作が中国から伝わり、日本独自の環境下で作り出された神々のように思われます。
 また、この個所には別名が出てきます。野の神は、鹿屋野と野椎。野原を表すのに、鹿が駆け回る野と椎が生えた野。これは、鹿が駆け回る野とは狩猟を表し、縄文時代の風景。椎が生える野とは椎の果実、ドングリ栽培(縄文時代の食料)が見られる風景。船の神は、石楠船と鳥船。石楠はシャクナゲとも解釈できるが、楠とすると。楠は温暖な地帯、台湾、ベトナム、中国で生育し、日本では九州に多く、ご神材として神社で信仰対象とされている木材です。虫害や腐敗に強いため、古代から船の材料として使用された。鳥は船と関係がないようですが、高天原に行くには鳥のように空を飛ぶ乗り物が必要で、古代の乗り物というと船となり、空を飛ぶ船という感覚でした。火の神は、夜藝と炫と迦具。夜藝は夜の特殊な技術、夜になると火をおこして、明るくしたり、食材を炊いたり、部屋を暖めたりする古代の人には特殊な技術でした。炫は、明るいとかまぶしい。迦具は火を燃やすこと。このカグツチを生んだイザナミは大火傷をして、鉄器の発祥地、出雲地方に身を隠すことになります。普通暖炉や煮炊きものでは大火傷をして死に至ることはないですよね。この火はたたら製鉄によるものと思います。
 日本では、石器時代から火をおこす技術はあったようです。新石器時代の晩期には土を練って、加熱させて土器を作っていましたから。そして、稲作が入ってきて、高度な火をおこす技術が進歩し、鉄をも製造することになりました。勿論、その技術は中国から入ってきたのでしょう。それを縄文人は真似たのですね。そして、大火傷をする。イザナミには、縄文人の血が流れていたかも知れませんね。

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 近親相姦の結果、ヒルコやアワシマが生まれた。この話は、中国の女媧と伏羲の兄妹神話だけでなく、島国で会ったインドネシア、台湾、沖縄本土、与那国島、石垣島、宮古島、奄美大島などにも存在し、日本本土にも海人系の人達が持ち込んだようです。中国から丸太舟で黒潮に流されて島に到着したときには、身内しかいない。そこで、子孫を増やす行為をするには、親近相姦もありうることです。そして、水子が生まれたのでしょう。後年、平安時代に最澄がインドのヒンズー教の神、大黒を中国から持ち込んだことから、台所の神として大黒が民間信仰され、以前からあるヒルコを「蛭子」と書かれていたのをエビスと読み、水神、漁業神として恵比寿信仰が平安時代から信仰されるようになった。

 このような離島神話でも近親相姦がタブー視されていたようで、水子が生まれた後、神頼みが描かれ、占いが行われます。その結果、正常な子が生まれるパターン。『古事記』のイザナギとイザナミ神話でも同じだったのです。
【本文】
於是二柱神議云。今吾所生之子不良。猶宜白天神之御所。即共參上。請天神之命。爾天神之命以。布斗麻邇爾。ト相而詔之。因女先言而不良。亦還降改言。故爾反降。更往廻其天之御柱如先。於是伊邪那岐命。先言阿那邇夜志愛袁登賣袁。後妹伊邪那美命。言阿那邇夜志愛袁登古袁。
【解説】
イザナギとイザナミが話し合います。「今、生まれた子は良くない。天つ神のおられる御殿、高天原に参りましょう」とイザナギが言って、二人で高天原に行って天つ神にお言葉を承りました。すると、天つ神は太占(鹿の骨を火で加熱し、その割れ目で占う)で占われて、「女が先に誘うたのがよくない。今から下に降りられて改めて言い直しなさい」と言われた。そして、下界したイザナギとイザナミは再び天の柱をかき回します。そして、イザナギが先に「なんてすばらしい乙女よ」と言い、イザナミが「なんてすてきな殿方」と言いました。
【私感】
 ここで、天つ神が出てくるのは、編纂された時代に国つ神を祖とする氏族が追いやられて、藤原氏のような天つ神を祖とする氏族が実権を持っていたことが窺えます。占う方法でも、亀の甲でも良かったものを鹿の肩甲骨を用いているところにその当時の権力を持っていた藤原不比等の指示が見え隠れしますね。また、ヒルコやアワシマが生まれたのは、先に女性は「素敵な殿方」と言ったためとし、先に男性が「すばらしい乙女」と言って、淡路島など国土が生まれる。これは、今まで母系家族形態から父系家族形態に移ったことを意味するのでしょうか。

 イザナギとイザナミは水子を生まないで、大八島を産みます。最初が淡路島から始まって最後が本州。ここが国生み神話と言われる文章です。
【本文】
如此言竟而。御合。生子。淡道之穗之狹別嶋。次生伊豫之二名嶋。此嶋者身一而有面四。每面有名。故伊豫國謂愛比賣。讚岐國謂飯依比古。粟國謂大宜都比賣。土左國謂建依別。次生隱伎之三子嶋。亦名天之忍許呂別。次生筑紫嶋。此嶋亦身一而有面四。每面有名。故筑紫國謂白日別。豐國謂豐日別。肥國謂建日向日豐久士比泥別。熊曾國謂建日別。次生伊伎嶋。亦名謂天比登都柱。次生津嶋。亦名謂天之狹手依比賣。次生佐度嶋。次生大倭豐秋津嶋。亦名謂天御虛空豐秋津根別。故因此八嶋先所生謂大八嶋國。然後還坐之時。生吉備兒嶋。亦名謂建日方別。次生小豆嶋。亦名謂大野手比賣。次生大嶋。亦名謂大多麻流別。次生女嶋。亦名謂天一根。次生知訶嶋。亦名謂天之忍男。次生兩兒嶋。亦名謂天兩屋。
【解説】
このようにしてお生みに成った子が、アワジノホノサワケシマ(淡路島)が生まれた。次にイヨノフタナシマ(四国)。この島には四つの顔があり、伊予国エヒメ・讃岐国イイヨリヒコ・粟国オオゲツヒメ・土佐国タケヨリワケ。次にオキノミツゴシマ(隠岐)。名前はアメノオシコロワケ。次にツクシシマ(九州)。この島も四つの顔があり、筑紫国シライワケ・豊国トヨイワケ・肥国タケヒムカヒトヨクジヒネワケ・熊襲国タケイワケ。次にイキシマ(壱岐)。名前はアメノヒトツハシラ。次にツシマ(対馬)。名前はアメノサデヨリヒメ。次にサドシマ(佐渡)。次にオオヤマトトヨアキヅシマ(本州)。名前はアマツミソラトヨアキヅネワケ。この八つの島を最初にお生みになった。それらを大八島と言う。そしてその後、お帰りになる時に、キビノコシマ(吉備国)を生まれ、その名前がタケヒカタワケ。次にアズキシマ(小豆島)。名前はオオノデヒメ。次にオオシマ(屋代島または周防大島)。名前はオオタマルワケ。次にメシマ(国東半島沖の姫島)。名前はアメノヒトツネ。次にチカシマ(五島列島)。名前はアメノオシオ。次にフタゴジマ(五島列島より沖の男女群島)。名前はアメノフタツヤ。イザナギとイザナミは大八島の後、六つの島を産んだ。
【私感】
 イザナギとイザナミは八つの島と六つの島を生み、二〇の神(ただし、佐渡島の神は明記なし)が登場します。その神の名前に注目すると、ヒメと付くのが伊予国、阿波国、小豆島で女王の国のようです。ヒコと付くのが讃岐国で大王の国だったようです。その他はワケが殆どです。ワケは、にヤマト王権の皇族から分かれた氏族に与えられたカバネの一つ。そして、このワケは、成務天皇の時代、三〇〇年代後半に国造、県主、稲置などのカバネと一緒に決められた。ヒメ(比賣)、ヒコ(比古)、ネ(根)やイザナギのキ(岐)とイザナミのミ(美)は三〇〇年代前後からある古いカバネです。倭の五王の一人、允恭天皇の時代、四〇〇年前半に臣連制度という身分制度ができるまでは、ワケなどのカバネはなくなりなした。ヒメは比賣から姫に、ヒコは比古から彦になり臣連制度が設立された以後も使われています。
 このように考えると、『古事記』に描かれている神話の起源は、ワケのカバネが出てきた成務天皇の時代よりもう少し遡り、三〇〇年代前半、崇神天皇・垂仁天皇・景行天皇の時代ではないでしょうか。イザナギとイザナミが生み出した国は、その当時のヤマト王権の勢力範囲で、鉄器を淡路島で量産して、四国、出雲の勢力範囲にある隠岐、九州全土、さやに九州周辺の島々と畿内の本土。その他に吉備地方と瀬戸内海の航海権をも手にしていた。中部辺りまでの勢力はあったと思われます。

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