いにしえララバイのブログ

いにしえララバイのブログは、平成22年4月に開設しましたブログで、先史時代の謎を推理する古代史のブログです。

カテゴリ: 中国歴史推理小説「ひろりんとプー子の物語」

第一部 渤海 第六章 鏡 第二節

 「ねぇ、私、少し疲れたわ。」
 「そうだな。もうすぐに夕暮れだ。ここらで野宿するか。」
 「ウェイファンまで、まだだいぶんあるの。」
 「そうだな、あと二日ぐらいかな。」
 ひろりんは、野宿をするため、薪を取りにプー子は、ライシュウから持ち出した素材で食事の用意をした。
 「ひろりん、私、巫女をしていたでしょ。」
 「それがどうしたの。」
 「青銅器の鏡を手にしたら、神様に供えようと思うの。」
 「神様に。」
 鏡の発見は、古く人類が誕生して、水面に姿を映し出すことが出来るようになった時代からです。水面に現れた自己の姿を確認するところからだと言われています。それは、神秘的な出来事だったでしょう。それが、石器時代になって、鏃などに使われた黒曜石などを磨くと凹凸はあるとしても自己の姿が映し出された。中国で最初に石板で鏡を発見されたのは、三皇五帝の黄帝(紀元前二千五百十一年~紀元前二千四百四十八年)の次妃、嫫母がある時、石板堀りの手伝いに山へ連れて行かれると、どの女性よりも勝って二十枚もの石板を掘り当て、照り輝く荒削りの石板に乱れた自分の像が醜く映るのを見た。そこで、その石板を研磨するよう磨ぎ師に命じて鏡を発明した。しかし、それでも容姿の優れない鏡を見て、石板の鏡のことはしばらく忘れていたのですが、他の石板の上で肉を焼いていると、突然石板が割れてその破片が顔に刺さってしまった。慌てて再び石板鏡を取り出し、薬を塗っていると、その光景を見た黄帝は、彼女の鏡の発明を褒め称え、彼女の叡智を重用したという伝説があります。
 ひろりんの時代には、すでに鏡という認識があったし、石板で鏡が存在していた。でも、現在のように生活必需品ではなく、鏡の向こう側に何か偶像を感じていたこともあって、信仰に使われていたようです。
 日本でも、邪馬台国の卑弥呼の時代に北九州で多くの銅製の神獣鏡、三角縁神獣鏡などが発見されていますが、そのような鏡は中国から日本に渡ってきたもので、その当時の日本の権力者に贈られたもので、催事に使われたと思われます。天皇家においても、三種の神器にも八咫鏡もありますし、神社では神体として鏡を奉っているところがあります。
 「もし、シーアン辺りで青銅器の鏡を見つけたら、私達の宝にしよう。」
 「神様に奉納しておかないと。」
 ひろりんとプー子は、野宿をして、朝方りょうこうが待つウェイファンへと足早に出発した。


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第一部 渤海 第六章 鏡 第一節

 ひろりんとプー子は、青銅器を手にするため、ひろりんは森林の伐採に、プー子は海水を土器に汲み、薪を燃やして塩作りに励んでいた。その作業を続けていたある夕暮れときにひろりんは海岸線を見つめていたところにプー子がやってきた。
 「シーアンの向こうには何があるのだろう。」
 「ひろりん、何なの。独り言などいって。」
 「また、青銅器のことを考えているの。」
 「プー子、塩も大分できただろう。シーアンへ一緒に行こうか。」
 「ライシュウからだと遠いでしょ。」
 「プー子、塩、どのぐらいある。」
 「荷台にいっぱいになるほどはあるわ。」
 「では、荷台に積めるだけ塩を。」
 「行くつもりね。私、青銅器を見ていないので、ひろりんみたいに実感がないのよね。でも青銅器を磨けば、私の顔がうつるのでしょ。」
 「今、この海を眺めながら、昔の人の言い伝えを思い出していたところなのだ。」
 「その話、聞かせてくれる。シーアンや青銅器とどんな関係があるの。」
 「私達の祖先はこの海からやって来て、この地に住み着いた。ところが内陸から私達の生活を脅かす勢力があって、攻めてきた。そして、大きな戦いになって、私達の祖先の一部がシーアンの方まで遠征し、その戦いに敗れた。そして、シーアンの西の方へ移り住んだそうなのだ。」
 中国の神話伝説では黄帝(紀元前二千五百十年から紀元前二千四百四十八年)と蚩尤(炎帝神農氏の子孫とされ、羌が姓とされる)が涿鹿で戦い、その時に山東半島付近にいた勇敢で戦の上手い九黎族(ミャオ族の祖先といわれる)が蚩尤に見方して、黄帝と戦い敗戦した。その後、九黎族は山東半島に留まったものもいれば、南下して揚子江の付近に移動し、蚩尤を頼ってチベットや西域に移り住んだと言われている。ひろりんとプー子の時代、紀元前二千年頃に山東半島に住んでいたと思われる人々は、この九黎族の生きって残りだと思われます。涿鹿の戦いから数百年を経過しているが、ひろりんたちにも西域の話は伝わっていたのでしょう。ひろりんがシーアンより西の地方に関心を持ったことも理解できます。
 「プー子、帰ろう。」
 ひろりんがプー子に昔話をした後、シーアンに向けて塩の荷造りを始めた。
 「ひろりん、塩を荷台に積んだわよ。この塩をどうするの。」
 「この塩を行商して、シーアンまで行くのさ。」
 「この塩を米などに交換するのね。」
 「そうだ。野宿をしながら。」
 「では、土器なども持っていかないと。」
 いよいよ、ひろりんとプー子はシーアンに向かってライシュウを出発した。


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第一部 渤海 第五章 宝物 第三節

 「ひろりん、お帰り。」
 「プー子、いいもの見せようか。」
 「何なの。」
 「これ、琥珀というのだよ。」
 「とても綺麗。」
 「プー子の首飾りにと思って。」
 「一生の宝物にするわ。」
 ひろりんは、プー子にジーナンであったことを話した。そして、青銅器の話になった。
 「そうなの。その青銅器を見てみたい。」
 「この器は、土なんかで作られていないから壊れない。」
 「そんなに硬いの。」
 「そして、磨けば輝くので、自分の顔が映るぐらい。」
 「私も青銅器を見てみたい。」
 青銅器がメソポタミアのウバイド文化(紀元前五千年から紀元前三千五百年)で使われる以前は、石器を使用していたのではなく銅器だったのです。銅器が使われるようになったのは、中東で紀元前九千年とされ、イラク北部では銅製のペンダントが発見されている。先史時代の人がどのようにそのペンダントを製造したのだろうか。新石器時代の人が銅鉱石を見つけ、焼石にしてみた。するとその銅鉱石から変わった煙がでた。それを見たその人達は神様のお告げとでも思ったのでしょうか。それとも、不老不死を夢想したのでしょうか。このような偶然な出来事から銅の冶金術が発展していく。銅の冶金術の過程は、自然銅の冷間加工(三百五十度~五百度で加熱)、焼きなまし(展延性を向上させる熱処理)、製錬(鉱石を還元することによって金属を取り出す過程のこと)、インベストメント鋳造(高い温度で熱して液体にしたあと、型に流し込み、冷やして目的の形状に固める加工方法)であるが、東南アナトリアでは紀元前七千五百年には行われている。千九百九十一年にアルプスにあるイタリア・オーストリア国境のエッツ渓谷の氷河で見つかったアイスマンは、紀元前三千三百年のミイラだと言われ、そのアイスマンの側に純銅製の斧の頭が発見されていることから、その頃にはヨーロッパでも銅器が使われていたようです。
 銅の欠点は、鉄などに比べて軟らかいことですが、銅と錫を混ぜることによって、その欠点が解消されることが、青銅器の発展につながった。紀元前四千年頃、メソポタミアのウバイド人が偶々錫の混じた銅鉱石を冶金術で作ったところ、硬い銅器ができた。それが青銅器の始まりです。
 青銅器を作るには銅鉱石の他に錫が必要なので、中央アジアのアンドロノヴォ文化(紀元前二千三百年~紀元前八百年)は銅鉱石と錫を求めて、カスピ海北部からシベリア南部まで広がり、古代ギリシャのミケーネ文化(紀元前千四百五十年~紀元前千百五十年)では、植民地政策がとられ、穀物と錫の交易が盛んになった。
 銅の冶金術が紀元前七千五百年頃に東南アナトリアから発生し、青銅器が紀元前四千年頃、メソポタミアから、西は南ヨーロッパに、東はシベリア南部まで広がったのが、中国に青銅器と冶金術が伝わったのは、紀元前千六百年頃の殷王朝からです。
 「プー子、この荷台に塩がいっぱい積める位できたら、一緒にジーナンからヂェンヂュウまで行こう。」


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第一部 渤海 第五章 宝物 第二節

 ひろりんとりょうこう達がウェイファンに着いた頃、太陽も西のジーナンの方に沈み、ひろりんの心は、今までいたジーナンを偲ばせた。
 「りょうこうさん、私の牛が引っ張っている品物は何なのですか。生活用品だと聞きましたが。」
 「ひろりんさんに伝えなかったが、ひろりんさんの塩と荷台を交換し、その残りは、ヂェンヂュウ(鄭州)辺りで取れた米だよ。この辺りの米は良質なので。この米を私に譲ってくれないか。その代わりのひろりんさんが望んでいる物を私の倉庫から持っていけばよい。それと、今度ウェイファンに来るときはこの荷台にたくさんの塩を積んできなさい。」
 「では、私にも少し、この米を分けてください。それと、りょうこうさんの倉庫から衣料品を頂戴いたします。」
 「いいですよ。」
 牛が引っ張っていた荷台は、両サイドに車輪が付いていた。この車輪の発明は、メソポタミア文明の基となったウバイド文化(紀元前五千五百年から紀元前四千年)を築いたウバイド人です。ウバイド人は、陶器を作るのにろくろを発明し、そのろくろの延長線上、紀元前四千年頃、農耕の灌漑を進めた以外に、銅の生産もはじめ、灌漑の土木を進める上で、土を運ぶために車輪を銅で作った。その後、メソポタミア文明は、北はカザフスタン、南はインドに波及していった。インドのインダス文明でも、紀元前三千年頃には車輪が使われていた。中国では、殷王朝が戦車を利用して、夏王朝を滅ぼしたのが、紀元前千六百年頃だと伝わっているが、すでに、紀元前二千年頃には、ヒマラヤ山脈を越えたのか、中央アジアの西域から伝わったのかは分らないが車輪の付いた荷台が存在していたようです。
 「りょうこうさん、ジーナンで会った女性と交換した宝石、琥珀のことなのですが。高価な品物と言われていましたが。」
 「ひろりんさんは、漆器を知っていますか。」
 「黒光りをした器のことでしょ。りょうこうさんの倉庫にありました。」
 「漆器は、漆を塗って作られているのです。」
 「琥珀と漆とどのような関係があるのですか。」
 「琥珀も漆も天然樹脂からできているのですよ。」
 「琥珀は、木の樹脂が地面に落ちて、長い歳月の間に固形になったものなのです。」
 「分りました。プー子に琥珀の宝物をあげようと思うのですが、説明できないとね。」
 「琥珀がたくさん取れるヂェンヂュウに行きましょう。ひろりんさんが作った塩をその荷台に載せていっぱい持ってきてください。」
 ひろりんは、早朝りょうこう達と別れをつげ、プー子が待つライシュウに向かった。


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第一部 渤海 第五章 宝物 第一節

 ひろりんはジーナンを出発する前、ある女性に出合った。ちょうど、りょうこうがひろりんの塩を生活用品に交換して歩いていたころです。ひろりんもりょうこうの後についていた時、奇麗な刺繍を施した衣服をまとい、首には、今まで見たことのない宝石をぶら下げ、腕輪もしていた。その女性が牛を連れ、塩を積んでいるひろりんに近づいてきた。
 「お兄さん、その牛に積んでいるのは塩ですか。その塩、少し私に分けてくださらないでしょうか。」
 「いいですよ。その代わり、この塩と何か交換してもらえる物がありますか。」
 彼女は、手を首飾りがしてある首の辺りに持って来た。
 「この首飾りの宝石のひとつをはずして、あなたに与えましょう。」
 ひろりんは、この女性を見つけたときから、その宝石には気になっていた。そして、プー子の姿が目に浮かんだ。
 「その宝石ですか。では、塩をこの器いっぱいにしてお渡しします。」
 ひろりんは、その宝石を手にした。そして、プー子の土産として、懐に直し込んだ。
 ひろりんは、りょうこう達とウェイファンに帰る途中、ふと懐に仕舞い込んだ宝石が気になった。そして、懐から取り出し眺めていた。
 「ひろりんさん、その宝石、どうされたのですか。」
 「りょうこうさんが、ジーナンで私の塩を生活用品に変えておられるとき、ある女性が現れて、塩とこの宝石を交換したのです。」
 「その宝石、琥珀ではないのですか。」
 「琥珀というのですか。」
 「高価な品物ですよ。大切にしなさい。」
 「プー子の土産にと思って、塩と交換しました。」
 琥珀は、翡翠のように石ではなく、木の樹脂(ヤニ)が長い歳月、地中に埋もれているうちに固形化した化石です。世界で琥珀の産出国の八十パーセントはポーランドのグダンスク市で占められています。中国では、雲南省、河南省、福建省、広西省、貴州省で取れ、日本では、岩手県久慈市、千葉県銚子市で産出されます。琥珀は、翡翠よりも古くから旧石器人によって、使用されていた宝飾品なのです。琥珀の化石で、アジア最古の遺跡は北海道の湯の里4遺跡と柏台1遺跡から琥珀の加工された化石が発見され、約二万年前とされています。
 ひろりんは、この琥珀の宝石をまた懐に入れ、プー子に見せたときの顔を浮かべながら、ウェイファンに足早に進めた。


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