コロナ旋風が日本に押し寄せている現在、そんなウイルスが日本を直撃したのは、コロナウイルスだけではなかった。江戸時代末期から明治時代初期に大流行した結核菌もその一例です。その当時は、「労咳」と言われ、幕末の高杉晋作、新撰組の沖田総司、文芸人では、森鴎外や正岡子規や樋口一葉らの命を奪ったことで知られている結核。結核は、空気感染で結核患者からの咳、くしゃみ、唾より感染する。コロナウイルスは、空気感染ではないと言われていますが、密室で換気の悪い場所では、多少のコロナウイルスは生き残るらしい。
結核感染
 結核は現在でも起こりうる病気ですが、戦後日本では乳幼児の結核を防ぐために、判子注射と言われているBCGワクチンを接種、ツベルクリン反応でその後の状態を確認。これが、1949年にBCGによる結核予防接種が法制化されました。戦前では、度々流行していたようで、軍隊の中で、明治時代だと産業革命さながらの時代に、長時間労働や深夜業による過労と栄養不足、集団生活が大きな原因となった紡績工場で働く女工が感染した。ツベルクリン反応による陰性・陽性の判断は、明治時代から行われて判子注射いた。しかし、結核ワクチンであるBCGは戦時中の軍隊で試験的に実践され、効果を得たので厚生省は、結核予防法を。そして、BCG接種が行われるようになった。結核患者の減少と共に、1974年よりBCG接種の定期化、乳幼児(4歳未満)、小学校1年生、中学校2年生の3回に定期化されていたが、2005年に接種対象者が生後6ヵ月までに変更され、事前のツベルクリン反応検査を省略する直接接種となった。
 結核が流行するタイミングは、時代の変わり目が多いようで、明治初期の産業革命の時期や軍部が権力を握った昭和恐慌以後の時代。コロナウイルスの流行も時代の変わり目かも知れませんね。結核菌が空気感染により体内に入り、肺結核を起こす。しかし、肺結核を起こさないで更に体の奥に。そして、髄膜炎、リンパ腫、血流の粟粒結核、泌尿生殖器から骨、関節など腸結核も、体全体に症状が出てくる。それも、ジワジワと長期にわたって。コロナウイルスとは性格が違うようで、コロナウイルスの場合、重症になれば呼吸困難を起こし、酸素マスクが必要となる。最後は窒息死。潜伏期間は1週間から2週間だけど、重症になれば死に至るまでは早い。結核は明治時代以前にも流行していますが、これと言った記録がない。それよりも、労咳として国民病と扱われていたのでしょう。戦国時代、武田信玄が京都に上洛する前、織田信長と一戦を交える前、1573年に労咳で亡くなっている。
結核の痕跡 結核菌は、いつ頃日本にどこから来たのだろう。国民病ですからはっきりしたことは分かりませんが、弥生時代中期の鳥取県の青谷上寺地遺跡の人骨がら結核の痕が発見されています。その同時期の朝鮮半島の勒島で発見された人骨にも結核の痕が発見されていることから、結核菌は渡来人によってもたらされた。中国ですね。中国の最古の結核の痕跡は、中国・上海の広富林遺跡で出土した女性人骨から紀元前3,000年前の結核発症の痕跡を発見した。その後も前漢時代のミイラからも結核の痕跡が発見されて脊椎カリエスいます。更に遡ると紀元前1,000年頃のエジプトのミイラにも結核性脊椎炎(脊椎カリエス)の痕跡がみられた。結核菌の感染も人の移動によって起こるのですね。コロナウイルスも発生源は、中国の武漢といわれていますが、実際には人の移動によって日本にたどり着いた。現在、緊急事態宣言で外出を制限されていますが、ウイルス感染は人の移動によって起こることは明白です。
 日本で世界的に感染率や死法率が低いのは、結核のワクチンBCGが結核予防法で接種が義務付けられていたのでと言われています。早急にコロナウイルスのワクチンの開発が待たれるところですね。

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