近親相姦の結果、ヒルコやアワシマが生まれた。この話は、中国の女媧と伏羲の兄妹神話だけでなく、島国で会ったインドネシア、台湾、沖縄本土、与那国島、石垣島、宮古島、奄美大島などにも存在し、日本本土にも海人系の人達が持ち込んだようです。中国から丸太舟で黒潮に流されて島に到着したときには、身内しかいない。そこで、子孫を増やす行為をするには、親近相姦もありうることです。そして、水子が生まれたのでしょう。後年、平安時代に最澄がインドのヒンズー教の神、大黒を中国から持ち込んだことから、台所の神として大黒が民間信仰され、以前からあるヒルコを「蛭子」と書かれていたのをエビスと読み、水神、漁業神として恵比寿信仰が平安時代から信仰されるようになった。

 このような離島神話でも近親相姦がタブー視されていたようで、水子が生まれた後、神頼みが描かれ、占いが行われます。その結果、正常な子が生まれるパターン。『古事記』のイザナギとイザナミ神話でも同じだったのです。
【本文】
於是二柱神議云。今吾所生之子不良。猶宜白天神之御所。即共參上。請天神之命。爾天神之命以。布斗麻邇爾。ト相而詔之。因女先言而不良。亦還降改言。故爾反降。更往廻其天之御柱如先。於是伊邪那岐命。先言阿那邇夜志愛袁登賣袁。後妹伊邪那美命。言阿那邇夜志愛袁登古袁。
【解説】
イザナギとイザナミが話し合います。「今、生まれた子は良くない。天つ神のおられる御殿、高天原に参りましょう」とイザナギが言って、二人で高天原に行って天つ神にお言葉を承りました。すると、天つ神は太占(鹿の骨を火で加熱し、その割れ目で占う)で占われて、「女が先に誘うたのがよくない。今から下に降りられて改めて言い直しなさい」と言われた。そして、下界したイザナギとイザナミは再び天の柱をかき回します。そして、イザナギが先に「なんてすばらしい乙女よ」と言い、イザナミが「なんてすてきな殿方」と言いました。
【私感】
 ここで、天つ神が出てくるのは、編纂された時代に国つ神を祖とする氏族が追いやられて、藤原氏のような天つ神を祖とする氏族が実権を持っていたことが窺えます。占う方法でも、亀の甲でも良かったものを鹿の肩甲骨を用いているところにその当時の権力を持っていた藤原不比等の指示が見え隠れしますね。また、ヒルコやアワシマが生まれたのは、先に女性は「素敵な殿方」と言ったためとし、先に男性が「すばらしい乙女」と言って、淡路島など国土が生まれる。これは、今まで母系家族形態から父系家族形態に移ったことを意味するのでしょうか。

 イザナギとイザナミは水子を生まないで、大八島を産みます。最初が淡路島から始まって最後が本州。ここが国生み神話と言われる文章です。
【本文】
如此言竟而。御合。生子。淡道之穗之狹別嶋。次生伊豫之二名嶋。此嶋者身一而有面四。每面有名。故伊豫國謂愛比賣。讚岐國謂飯依比古。粟國謂大宜都比賣。土左國謂建依別。次生隱伎之三子嶋。亦名天之忍許呂別。次生筑紫嶋。此嶋亦身一而有面四。每面有名。故筑紫國謂白日別。豐國謂豐日別。肥國謂建日向日豐久士比泥別。熊曾國謂建日別。次生伊伎嶋。亦名謂天比登都柱。次生津嶋。亦名謂天之狹手依比賣。次生佐度嶋。次生大倭豐秋津嶋。亦名謂天御虛空豐秋津根別。故因此八嶋先所生謂大八嶋國。然後還坐之時。生吉備兒嶋。亦名謂建日方別。次生小豆嶋。亦名謂大野手比賣。次生大嶋。亦名謂大多麻流別。次生女嶋。亦名謂天一根。次生知訶嶋。亦名謂天之忍男。次生兩兒嶋。亦名謂天兩屋。
【解説】
このようにしてお生みに成った子が、アワジノホノサワケシマ(淡路島)が生まれた。次にイヨノフタナシマ(四国)。この島には四つの顔があり、伊予国エヒメ・讃岐国イイヨリヒコ・粟国オオゲツヒメ・土佐国タケヨリワケ。次にオキノミツゴシマ(隠岐)。名前はアメノオシコロワケ。次にツクシシマ(九州)。この島も四つの顔があり、筑紫国シライワケ・豊国トヨイワケ・肥国タケヒムカヒトヨクジヒネワケ・熊襲国タケイワケ。次にイキシマ(壱岐)。名前はアメノヒトツハシラ。次にツシマ(対馬)。名前はアメノサデヨリヒメ。次にサドシマ(佐渡)。次にオオヤマトトヨアキヅシマ(本州)。名前はアマツミソラトヨアキヅネワケ。この八つの島を最初にお生みになった。それらを大八島と言う。そしてその後、お帰りになる時に、キビノコシマ(吉備国)を生まれ、その名前がタケヒカタワケ。次にアズキシマ(小豆島)。名前はオオノデヒメ。次にオオシマ(屋代島または周防大島)。名前はオオタマルワケ。次にメシマ(国東半島沖の姫島)。名前はアメノヒトツネ。次にチカシマ(五島列島)。名前はアメノオシオ。次にフタゴジマ(五島列島より沖の男女群島)。名前はアメノフタツヤ。イザナギとイザナミは大八島の後、六つの島を産んだ。
【私感】
 イザナギとイザナミは八つの島と六つの島を生み、二〇の神(ただし、佐渡島の神は明記なし)が登場します。その神の名前に注目すると、ヒメと付くのが伊予国、阿波国、小豆島で女王の国のようです。ヒコと付くのが讃岐国で大王の国だったようです。その他はワケが殆どです。ワケは、にヤマト王権の皇族から分かれた氏族に与えられたカバネの一つ。そして、このワケは、成務天皇の時代、三〇〇年代後半に国造、県主、稲置などのカバネと一緒に決められた。ヒメ(比賣)、ヒコ(比古)、ネ(根)やイザナギのキ(岐)とイザナミのミ(美)は三〇〇年代前後からある古いカバネです。倭の五王の一人、允恭天皇の時代、四〇〇年前半に臣連制度という身分制度ができるまでは、ワケなどのカバネはなくなりなした。ヒメは比賣から姫に、ヒコは比古から彦になり臣連制度が設立された以後も使われています。
 このように考えると、『古事記』に描かれている神話の起源は、ワケのカバネが出てきた成務天皇の時代よりもう少し遡り、三〇〇年代前半、崇神天皇・垂仁天皇・景行天皇の時代ではないでしょうか。イザナギとイザナミが生み出した国は、その当時のヤマト王権の勢力範囲で、鉄器を淡路島で量産して、四国、出雲の勢力範囲にある隠岐、九州全土、さやに九州周辺の島々と畿内の本土。その他に吉備地方と瀬戸内海の航海権をも手にしていた。中部辺りまでの勢力はあったと思われます。

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