平成天皇が退位にともなって、伊勢神宮内宮の神殿で4月18日の神宮親謁の儀を済まされた。天皇家の祖先、アマテラス様に退位の報告をするため、皇居で保管されている「草薙の剣」(レプリカ)と「八尺瓊勾玉」を持参され、伊勢神宮に供えてある「八咫鏡」、三種の神器を揃えられての退位の報告であった。「草薙の剣」は、平家が持ち出され、壇ノ浦の戦いで、安徳天皇とともに沈められた。その剣は、「記紀」では、東征を終えたヤマトタケルが熱田で宮簀姫に草薙剣を渡し、宮簀姫は熱田神宮を建ててこの草薙の剣を祀ったとされていまので、安徳天皇の剣は模造品。今回の皇居に保管されている「草薙の剣」も模造品。本物は、愛知県の熱田神社で祀られています。本物は、「八尺瓊勾玉」だけとなるわけですね。国民が箱入りの「八尺瓊勾玉」を拝見できるのは、退位と即位の時だけですね。天皇陛下が「三種の神器」をお持ちになられて、はじめて天皇の位に座られる。

神宮親謁の儀

三雲南小路遺跡から出土した草薙の剣  「草薙の剣」は、天皇の持つ武力の象徴とされるもので、神話ではスサノヲが八岐大蛇を退治されたときの剣、ニニギのミコトが天孫降臨の場面で高千穂の頂上に刺した剣、ヤマトタケルが東征のときに持ち出した剣。景行天皇以来受け継がれてきた剣ですね。
  「八咫鏡」は、高天原の八百万の神々が天の安河に集まって、川上の堅石を金敷にして、金山の鉄を用いて作らせた鏡、アマテラスが天孫降臨の際にニニ平原遺跡から出土した大型内行花文鏡ギのミコトに授けたとなっています。この鏡は、福岡県糸島市の平原遺跡から出土された大型内行花文鏡と同等の鏡だそうです。と考えると奴国がそんざいしていた頃の鏡となり、その鏡が天皇家とどのように関係があるか。天皇家は紀元1世紀当時に北部九州の出身だったのか。謎深い。
 「八尺瓊勾玉」は、赤い大きな勾玉らしいです。翡翠ではなく瑪瑙で作られています。勾玉は当初、剣靈として扱われ、「草薙の剣」とセットであったらしい。二種の神器ですね。勾玉は、天皇が所持する三種の神器と決められた時代、武力の長として剣と一緒に身につけるものであったから。剣靈として扱われた。それにしても赤い勾玉とは。この赤は瑪瑙の勾玉鉄を意味するのだろうか。元々、勾玉は縄文時代早期にはアマゾナイト製、動物の骨でつくられたものですが、弥生時代中期から古墳時代あたりになると、翡翠をはじめとした洗練された定形勾玉と呼ばれる勾玉が作られ始めた。瑪瑙の岩石は、青森県、石川県、富山県、北海道が産地になっているので、ヤマト王権が弥生時代中期ころには、東北まで勢力を伸ばしていたことがわかる。この「八尺瓊勾玉」も神話では、アマテラスが天孫降臨の際にニニギのミコトに授けたことになっている。
 天皇家は、男性即位が基本で家父長制なのに、なぜ、天皇の祖は女性のアマテラスなのだろうか。漢字が日本に入ってくる前、その当時の人は、天皇の祖先をスメミオヤと言っていた。漢字入ってきて、その言葉に当てたのが、皇祖・皇御祖・皇祖母。皇祖母とは、これは母系家族制を意味しているのではないだろうか。「皇」は、スメラと読み、平安時代にスメラを天皇と規定するまでは、この「皇」だったのです。天皇の子、王子のことを漢字で「皇子」と書いているが、漢字のない時代は「大王(すめらみこと)」の子を神の子、御子と表し、皇子、皇女から平安時代に親王となった。スメミマという言葉もあって、「皇孫」と書き、アマテラスの孫、ニニギのミコトを表しています。「皇」とは神だったのですね。即ち、天皇は神となります。明治時代より前のはなしですが。「皇」が「神」。「神」=アマテラスだった。アマテラスは女性。と言うことは、縄文時代から弥生時代中期まで、祖先信仰は母方の先祖を崇拝していたことになります。現在では考えられないことかも知れませんが、日本人のルーツは母性にあった。言い換えれば、男性は中国や朝鮮半島から渡ってきますが、女性はその地に根付いている。現在の日本人の源は縄文時代の女性にあり。縄文人の血が脈々と流れていることになりますね。
 日本の神話、『古事記』の神話の部分は、どうも崇神天皇、垂仁天皇、景行天皇の時代の話を神話仕立てにしたように思う。
2019年5月6日

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