第1章 玉石混淆 第1節

 「先生、この石見付けたのですが。翡翠の岩石だそうです。」ヒスイ
 「ケイコさん、どれどれ。」
 ケイコは、古代の米作りを調べるため、日本でも有数の生産地である新潟に旅行してきた。そして、古代人の生活状況を調べるために新潟県長岡市を訪れた。
 「翡翠はきれいだね。糸魚川にでも行ってきたのかね。」
 「長岡市に新潟県立歴史博物館があって、米づくりの展示室があるので。」
 「古代の人々も新潟で米づくりをしていたのかね。」
 「それがね、新潟って寒い土地でしょ。展示室では、江戸時代に新田開発して現在の米の生産地になったそうです。」
 「ケイコさんは、古代人が新潟で米づくりをしていると思って長岡に行ったのでは。」
 「そうなのです。少し残念でした。しかし、新潟県立歴史博物館に縄文人の世界・縄文文化を探るという展示室があって。」
 ケイコが見た縄文人の生活をこの展示室で。約15,000年前から新潟では狩猟・採集に生活をしていた縄文人がいたことに驚いたようでした。
 「先生、新潟に縄文人が定住していたのですか。」
 「日本各地の遺跡から、縄文時代の遺跡が出ていますからね。新潟より北の青森の三内丸山遺跡などは有名です。」三内丸山遺跡
 三内丸山遺跡は縄文時代前期中頃から中期末葉の大規模集落跡ですが、この遺跡は江戸時代から知られていて、弘前藩の諸事情を記した『永禄日記』に大量の土偶が見つかったと記され、1992年に県営野球場を建設するために事前調査が行われた結果、その場所には大規模集落跡があったことがわかり、現在ではその集落のレプリカが建てられています。
 「へぇ、青森にそんな遺跡があるのですか。一度、行ってみよう。その展示室に縄文土器があり、その土器を眺めているとある人が近寄ってきて、糸魚川にはもっと凄い物があると教えてもらいました。」
 「それが翡翠だったのですね。」
 「それで、糸魚川に足を伸ばしたわけです。親不知の崖から日本海を見てみたかったので。」
 「糸魚川には長者ケ原遺跡があって、日本最初の硬玉生産跡が発見された。」
 「先生、そんな遺蹟があったのですか。」長者ヶ原遺跡
 「その翡翠の岩石はどこで拾った。」
 「長岡駅から糸魚川駅に。そして、地元のえちごトキめき鉄道に乗って親不知へ。その親不知で知り合った人が大和川海岸に行くと言われたので、その人に付いていったのです。」
 現在では、長野駅から糸魚川駅を通って金沢駅に北陸新幹線が開通したことで東京駅から糸魚川駅までは直行でいけるようになりました。ケイコも、大和川海岸に行くのにえちごトキめき鉄道で糸魚川駅に戻りその次の駅、梶屋敷駅で下車。
 「そこで、翡翠の岩石を。そして、糸魚川から新幹線で東京に帰ってきたというわけか。」


にほんブログ村テーマ 原始ブログ集まれ。へ
原始ブログ集まれ。

PVアクセスランキング にほんブログ村

隠された古代史を探索する会
 隠された古代史を探索する会
隠された古代史を探索する会の会員登録