第一部 渤海 第五章 宝物 第二節

 ひろりんとりょうこう達がウェイファンに着いた頃、太陽も西のジーナンの方に沈み、ひろりんの心は、今までいたジーナンを偲ばせた。
 「りょうこうさん、私の牛が引っ張っている品物は何なのですか。生活用品だと聞きましたが。」
 「ひろりんさんに伝えなかったが、ひろりんさんの塩と荷台を交換し、その残りは、ヂェンヂュウ(鄭州)辺りで取れた米だよ。この辺りの米は良質なので。この米を私に譲ってくれないか。その代わりのひろりんさんが望んでいる物を私の倉庫から持っていけばよい。それと、今度ウェイファンに来るときはこの荷台にたくさんの塩を積んできなさい。」
 「では、私にも少し、この米を分けてください。それと、りょうこうさんの倉庫から衣料品を頂戴いたします。」
 「いいですよ。」
 牛が引っ張っていた荷台は、両サイドに車輪が付いていた。この車輪の発明は、メソポタミア文明の基となったウバイド文化(紀元前五千五百年から紀元前四千年)を築いたウバイド人です。ウバイド人は、陶器を作るのにろくろを発明し、そのろくろの延長線上、紀元前四千年頃、農耕の灌漑を進めた以外に、銅の生産もはじめ、灌漑の土木を進める上で、土を運ぶために車輪を銅で作った。その後、メソポタミア文明は、北はカザフスタン、南はインドに波及していった。インドのインダス文明でも、紀元前三千年頃には車輪が使われていた。中国では、殷王朝が戦車を利用して、夏王朝を滅ぼしたのが、紀元前千六百年頃だと伝わっているが、すでに、紀元前二千年頃には、ヒマラヤ山脈を越えたのか、中央アジアの西域から伝わったのかは分らないが車輪の付いた荷台が存在していたようです。
 「りょうこうさん、ジーナンで会った女性と交換した宝石、琥珀のことなのですが。高価な品物と言われていましたが。」
 「ひろりんさんは、漆器を知っていますか。」
 「黒光りをした器のことでしょ。りょうこうさんの倉庫にありました。」
 「漆器は、漆を塗って作られているのです。」
 「琥珀と漆とどのような関係があるのですか。」
 「琥珀も漆も天然樹脂からできているのですよ。」
 「琥珀は、木の樹脂が地面に落ちて、長い歳月の間に固形になったものなのです。」
 「分りました。プー子に琥珀の宝物をあげようと思うのですが、説明できないとね。」
 「琥珀がたくさん取れるヂェンヂュウに行きましょう。ひろりんさんが作った塩をその荷台に載せていっぱい持ってきてください。」
 ひろりんは、早朝りょうこう達と別れをつげ、プー子が待つライシュウに向かった。


にほんブログ村テーマ 原始ブログ集まれ。へ
原始ブログ集まれ。

PVアクセスランキング にほんブログ村

隠された古代史を探索する会
 隠された古代史を探索する会
隠された古代史を探索する会の会員登録