第一部 渤海 第四章 商機 第五節

 ひろりんの時代、紀元前二千年頃のジーナン(山東省済南市)は山東龍山文化が黄河の氾濫により崩壊し、夏王朝によって建て直しを図っていた。山東龍山文化は、揚子江辺りからやって来た南方系の民族で、水田による稲作を進めていた民族でした。この中には、ミャオ族なども含まれていたと思う。夏王朝もこれらの南方系の民族だと考えられ、ジーナン辺りの開発に力を注いだ。また、ジーナンから西へ進み、ヂェンヂョウ(河南省鄭州市)からルオヤン(河南省洛陽市)で宮殿を建て、二里頭文化(紀元前二千百年~紀元前千八百年頃)を栄えさせた。
 りょうこうの祖先は、シーアン(陝西省西安市)より東からこの山東省にやって来たので、ルオヤンの事情には詳しかった。
 「りょうこうさん、せんぎょうさんとはどのような関係なのですか。」
 「せんぎょうさんは、ルオヤンで東方からくる商品を捌いておられる方なのです。私がライチョウ湾などで仕入れた塩をせんぎょうさんの扱う商品と交換しているのです。」
 「せんぎょうさんは、何故ウェイファンに来られたのですか。」
 「今年の塩の出来ぐあいを調べにこられたのです。そして、私が調達した塩を。」
 「塩の状況を調べられて、どうされるのですか。」
 「せんぎょうさんは東方の商品を塩と交換するのには、塩の価値、品質を知っておかねばなりませんからね。」
 「せんぎょうさんは、ジーナンの様子をりょうこうさんに伝えたのですね。これは何故なのですか。」
 「それはね。ジーナンの人々、ジーナンの街が今、何を求めているか。どのような商品を望んでいるかを調べておられるのです。そのことを私にいろいろと話されておられました。」
 「それで、りょうこうさんもジーナンに行かれるのですね。」
 「まぁ、そんなところですかね。ひろりんさんが持って来た塩を売るためかな。」
 ジーナンは、シャンチュウ(河南省商丘市)、アンヤン(河南省安陽市)辺りから洪水から逃れていた人々が帰郷して、新しい生活をし始めていた。そして、人口が増えることにより、ルオヤン辺りからさらには、シーアン(陝西省西安市)辺りから、装飾品や馬や牛などの家畜などが持ち込まれていた。
 ひろりん達がジーナンに辿り着いた時、りょうこうに声を掛けてきた行商の若い男が現れた。
 「その塩を買い取りましょうか。その代わり、私が持っている物をお見せして、あなたが気に入られたらのことですがね。」
 竹で作った箱から取り出したのは、今までに見たことがない青の鈍い色で、見るからに硬そうな土器でした。
 「これ、何処で手に入れたのかね。」
 「シーアンの東のランヂュウ(甘粛省蘭州市)で、馬に乗り、肌の色が白く、目の辺りの堀が深く、鼻の高い男から貰った。」
 カスピ海の付近にイラン系とインド系のアーリア人が遊牧をしながら生活していた。このアーリア人がカスピ海の北東部からアルタイ山脈に掛けて、銅鉱石を求めアンドロノヴォ文化(紀元前二千三百年頃~紀元前八百年頃)を築いた。この文化の中心が青銅器だったのです。だから、アーリア人が中国の甘粛省蘭州市に現れても不思議ではないのです。そして、夏王朝が築いた二里頭文化も後半には青銅器が現れ、青銅器の工房跡も二里頭遺跡から発見されています。
 ひろりんは、このまばゆい青銅器の土器を見て、欲しくなった。
 「りょうこうさん、この土器を買いましょう。」
 「いやぁ、待ちなさい。この土器のことを調べてからにしましょう。この土器の値打ちが分る人は、このジーナンにもいないし、シーアンにもいないかも知れません。」
 「そうですかね。」
 「この土器と他の高価な商品に交換できるかがまだ分らないのです。」
 「そうか。それが商いというものなのだ。りょうこうさん、分りました。」
 ひろりんはジーナンに来て、りょうこうが普通の塩売りではないことを悟った。そして、今回、ライシュウから持って来た塩はりょうこうが教えてくれた生活用品に交換して、牛に積み、りょうこう達とウェイファンに帰っていった。


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