第1部 草薙の剣  第3章 旅立ち(1) 
 
 イハレビコは大君の許しを得て、母上に挨拶を済ませ、タシトとイグラの孫のマラヒトと手下を連れて高千穂の宮を出発した。
 「タシトがわれに、よく話してくれた祖母山の頂上からの風景を見たいものよ。アジキを尋ねてみよう。」
 「若、タシトもかれこれ十五年ぶりでございます。」
 イハレビコは好奇心が旺盛で、何事にも見識を持って、新しい事にも素早く対応できる能力を兼ね備えていた。以前、長老のイグラから豊の国の事を聞いたことがあった。
 イグラによると豊の国を治めているのは、ウサツヒコとウサツヒメの兄妹で、兄が政を妹が祭祀を司る祭政体制をとっているとのこと。その兄妹の集落は大分県宇佐市の宇佐神社付近にあり、その集落には足一騰宮(あしひとつあがりのみやと読み、高い足一本で築かれた宮殿で高床式の建物のこと)があり、この宮殿を見るのも今回の目的であった。
「タシト、豊の国のことで何か知っていることがあるか。」
「豊の国では、矢尻や刃物に金属製のものを使っているとのこと、見たいものです。」
 山道を歩いてきたイハレビコ達は、タンポポやスミレの花が一面に広がったアジキの集落に着いた。
 「若君、ようこそお越し下された。庵にお食事を用意しておりますので、旅の疲れを癒してください。」
 「二、三日お世話になるのでよろしく頼みます。」
 早朝、イハレビコとタシトは祖母山に登り、頂上に着いたのは、昼前であった。
 「あの海の向こうが伊予の国だな。」
 「そうです。伊予の国に渡るには船が必要です。」
 「わしは、我らの神アマテラス様がおられるところまで、行きたいのじゃ。」
 「アマテラスの神は、海より向こうの、伊予の国よりずっと向こうの、お日様が日の出される東の方角におられます。」
 「そうか、まだずっと向こうか。これから、タシトといっしょに行ってみたいの。この旅は永くなりそうだな。」
 「若、これから行かれるおつもりですね。ご一緒しましょう。」
 アジキの集落に帰って来たのは、田植えを終えて、皆が集落にもどって来たころであった。
 「アジキ、これから母上の国、豊の国へ行ってみようと思うのだが、誰か母上の集落まで案内してくれまいか。」
 「ワタツミの部族ですね。わたしの配下のトキワケにその部族から、嫁にした者がいます。案内させましょう。」
 ワタツミの集落は、豊の国の南部地方にあり、大分県臼杵市深田町の臼杵石仏で有名ところにあった。アジキの集落は宮崎県臼杵郡高千穂町であるから、昔から関係があったのだろう。また、神話では、ワタツミは海の原の神とされているが、本書ではワタツミが豊の国の南部を治め、豊の国でも由緒ある家柄で、ウサツヒコの重臣であったことにする。
 トキワケに案内されて、アジキの集落を早朝に出発して、アジキの集落の米蔵を荒らした隣の集落を通り、大野川の中流にある集落付近(現在の大分県豊後大野市)で野宿して、海辺まで田園が広がったワタツミの集落に着いたのは、翌日の昼過ぎであった。
 「イハレビコ君、よくぞ来られた。タマヨリヒメは元気にされておるか。」
 「母君は、ワタツミ様のことや集落の話をよくされています。」
 「そうか、イハレビコ君もご立派になられてこれからが楽しみじゃ。爺のところでゆっくりされよ。」
 いにしえの時代では、母系家族が主流をしめ、豊の国はその典型であった。現在でも、法律上や社会風習では父系家族を採っているが、実際には母系家族が残っている。しかし、母系家族はもともと農耕民族によくみられる家族形態であるが、イハレビコの日向の国は父系家族を採っていた。何故だろう、イハレビコの部族も稲作を財源としているのに。たぶん、イハレビコの祖先の部族は、本来高千穂に永住していた原住民で狩猟生活をしていたが、稲作が東南アジアから島伝いに渡ってきて、九州に稲作文化が上陸してから、その文化を吸収したのではないかと。アマテラス信仰についても、もともと東南アジアにあった農耕民族の信仰であったが、この信仰・文化をも吸収してしまった。そして、日本を代表する家系としてしまったのでは。現在の日本をみても、外来の文化や技術を取り入れるのが得意な国民の特性は、このいにしえの時代からの伝統ではないだろうか。余談にそれたのでもとに戻ります。
 「若、お目だめでしたか。」
 「タシト、雨続きだったが、今日は晴天である。浜辺に出てみようか。」
 朝日が浜辺を照らし、十隻ほどの丸太船が漁をしていた。松林の木陰で腰を下ろして、その風景を眺めていた時、腰をかがめた老人が通られたので声を掛けた。
 「ご老人、我々といっしょにここへ腰を掛けませんか。わたしは、日向の国のイハレビコと申します。」
 「ありがとうございます。これは、めずらしい方にお会いできた。わたしは、臼杵の集落で祈祷を司っている、ラサトモでございます。どうですかな、この辺の景色は。」
 「お日様がまぶしくございます。豊の国の繁栄をみているようです。」
 「イハレビコ様は、あのお日様の所まで行こうとされているのではないですか。」
 「よくお分りですね。」
 「あなた様の顔の相に描いてあります。その他にも、あなた様は将来、各地の国をまとめて統一されるでしょう。」
 「各国に分かれている現状を知りたいし、我が祖神アマテラス様にお会いしたいのだ。この海の向こうの東方にアマテラスの神が居られると聞く、ご存知ないですか。」
 「ここからだと、海路で行くと伊予の国と周防の国の間を通り、難波の海まで行き、南下して紀の国を通り、海岸沿いに行くと伊勢の国に行きます。その国にアマテラスの神が居られます。陸路で行くと筑紫の国から船で周防の国に渡り、安芸の国、吉備の国を通って、難波の崎から河内の国を通って、倭の国から伊勢の国に行くことができます。」
 「遠いのう。伊勢の国にアマテラスの神が居られるのか。タシト、諸国を見て回ってから伊勢の国に行こう。」
 海辺から田植え作業を見ながら、ワタツミの集落に帰って着たのは昼過ぎであった。
 「お爺様、海辺でラサトモ様にお会いして、アマテラスの神のことをお聞きしました。」
 「アマテラスの神は、我らにとっても稲作を営むものとして崇拝する神である。ラサトモもそのことには詳しいはずじゃ。」
 「これから、タシトを連れて各地を回りながら、伊勢の国まで行こうと思います。」
 「イハレビコ君、伊勢の国へ行かれてアマテラスの神に拝謁されるのであれば、剣を奉納なされ。」
 「剣ですか。お爺様、剣を手に入れるにはどうすればよいでしょうか。」
 「筑紫の国にナキカツヒコと言う御仁が居る。馬韓の国や漢の国にも精通していて、剣も詳しい御仁じゃ。訪ねて行かれよ。」
 「豊の国の足一騰宮を通っていけばよいのですね。」
 「そうじゃ、近日中に足一騰宮のウサツヒコ様にお目どおりして、所要を済ませるので、ついてまいるか。」
 「私も、足一騰宮に行ってみとうございました。ぜひ、お伴させてください。」


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