第1部 草薙の剣  第1章 若君誕生
 
 古事記の中巻冒頭に記せられているトヨミケヌ・カムヤマトイハレビコ(神武天皇)はアマテラスの子孫として記載されているが、現実的には、九州の日向地方の集落の氏族の子として生まれた。また、カムヤマトイワレヒコとも言われ、カムは神の意味、ヤマトは倭のこと、イワレヒコはこれらにいわれがある男子という名前で普段はトヨミケヌとよばれていた。本書では、イハレビコとし、その当時の生活については、空想と推理で語るしか方法がない。
 日向の国は、西には霧島山系、北には九重連峰と阿蘇山を望め、南は桜島や開聞岳があり、現在の宮崎県と鹿児島県あたりに位置し、気候は温暖で、土壌もよく、稲作をするのに適していた。また、海産物も北と西方面以外は海に囲まれていたので豊富であった。しかし、日向の国は、九州を代表する霧島火山帯があり、台風も通り道と言っていいほどよく押し寄せてきた。イハレビコが育った時代には、気候学や地質学などあるわけがない。巫女が祈祷するのみである。
 イハレビコの部族は稲作を生活の糧とし、稲穂を海辺の集落と物々交換で海鮮物を手に入れ、霧島山系の集落と物々交換で畜産物を手に入れていたと思われ、彼の部族は割りと裕福な生活と文化を持っていた。また、稲作での財源をもとに、近隣の部族同士の争いにも優れた能力を備えていた。この優れた能力の一つに軍事力があるが、霧島山系を勢力範囲に持つヨホトネ(大伴氏の祖)を長とする久米部族があり、大君の護衛兵として存在していた。もう一つの優れた能力として政治力があるが、大君を中心にした合議制で部族の行事を決めていたようだ。たとえば、近隣の部族同士の争いに対する対応だけでなく、春には巫女たちが今年の豊作を祈願し、太陽の神(アマテラス)にお供え物や遊戯を行い、秋には収穫の感謝を込めた行事を行っていた。また、火山の爆発、地震、台風の災害では、巫女が真剣に祈祷し、部族の安泰を祈っていたようだ。その祭事・祈祷を担当していたのは、長老のイグラ(斎部氏の祖)とコナキネ(中臣氏の祖で後の藤原氏)であった。このようにイハレビコの誕生前までには、現在の宮崎県内を勢力範囲にし、イハレビコの祖父(アマツヒコヒコホホデミ・ヤマサチビコ)の時代には、古事記の神代の話になるが、高千穂(霧島山系の高千穂峰の山麓という説がある。現在の宮崎県都城市付近と仮定したい。)に宮殿を建て、日向の国の霧島山系を含めた北部を治める部族にまで成長していた。しかし、南部には隼人の部族があり、たえず争いを繰り返していた。
 秋を向かえ、稲作の収穫を終えたというのに高千穂の宮では人の出入りがあり、あわただしくなった。大君(イハレビコの父、アマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアヘズ)に会うため、最初に現れたのは、アギシである。
 「大君、夜も深けたころ、いく度と収穫した米蔵に盗難が入り困っているのでございます。」
 「アギシ、どの部族の仕業じゃ。」
 「それで、こっそりと見張り番を立てたところ、その者が言うには、尺の形をした先に輝く星の方向から五、六人でやって来たというのです。」
 「北の方角じゃ。豊の国の部族か。この秋の大嵐で、米の収穫が芳しくなかったと聞いておる。」
 「アギシ、わしの手下を送るので心配せずにまっとれ。きっと捕らえて正体を暴いて見せるから。」
 アギシの集落は、高千穂の宮があったといわれるもう一つ説、宮崎県臼杵郡高千穂町付近で生活し、五ヶ瀬川下流にも勢力を伸ばしていた。
 大君の命により、長老のイグラ、久米部族の長ヨホトネが高千穂の宮にやってきた。
 「大君、何かあったのですか。」とヨホトネが口を開いた。
 「アギシを知っておろう。今年取れた米を盗みに来よったやつらがいるらしい。アギシの米蔵を警備してもらえないか。」
 「とんでもないやつらだ。捕らえて殺してしまいましょう。」
 「いやまて、捕らえたらここに連れてくるのだ。どうも豊の国の部族の者らしい。正体を暴くのが先だ。」その時、黙って聞いていたイグラが口を開いた。
 「大君、わたしがある者から聞きおよんだところ、豊の国では祭祀を司るウサツヒメとウサツヒコで祭政体制をとり、その下に部族の長が集まって国を治めているようです。」
 「ヨホトネ、若い衆を連れて、そやつらを捕らえてまいれ。」
 ヨホトネは、早速わが子タシトを頭に若い衆を十人ほど集めて事情を話し、弓矢と槍を持たせてアギシのところへやらせた。
 その当時の矢尻は、霧島山系の花崗岩で出来ていた。また、ヨホトネを頭とする久米集落は、もともと霧島山系の麓(宮崎県西諸県郡高原町付近)を領土とし、狩猟で生活をし、農耕具もこの花崗岩で生産していた。
 タシト達は、高千穂の宮を早朝出発して白髪岳と大森岳の谷間を通り、湯山峠で野宿をして、アギシの集落に着いたのは夕陽も落ちようとしていたころであった。
 「よくこられた。お疲れでしょう。」
 「とんでもございません。」
 「今宵は、粗食ではございますが、どうぞ召し上がって、ごゆっくりとお休みくださいませ。詳細は明日お話いたします。」
 アギシの集落の朝は、祖母山と諸塚山に囲まれた田園地帯に、五ヶ瀬川のせせらぎの音と鳥のさえずりが聞こえた。
 「タシト様、おめざめでしたか。米蔵を狙われ、稲穂を盗まれたことはご存じだと思います。どうも、豊の国の仕業ではないかということも。わたしの手下の申すには、稲穂の収穫前に大嵐と大雨が降り、隣の部族の水源となっている川(大野川)が氾濫して、稲穂が全滅状態になったようです。」
 「そうですか。わたしの若い衆を交代で米蔵の警備にあたりましょう。それと、アギシ様の手下でこの辺りの地理に詳しい者を紹介してくれませんか。」
 「わかりました。祖母山の頂上までご案内します。」
 祖母山は阿蘇山よりも高く、九重連山とも肩を並べるぐらい高い山です。タシトが案内人と頂上に登り詰めてみると、北側には九重連山が、西側には阿蘇山がそびえ立ち、東北に豊の国が見え、その先には海が見え、その先には伊予の国が見えたのである。
 「正面下の川が氾濫したのです。」
 「あの集落のところに行くには、この山を越えないと行けないのか。」
 「一番手前の川に沿って、行く道もあります。」
 「その道だ。稲穂を運ぶのには、それしかない。」
 タシトが捕らえようとしている部族の集落は、大野川の三つの上流が交差する大分県竹田市付近である。そして、タシトは部下に命じて、谷に沿った道を監視させた。
 それから、三日たった夜、盗賊たちが現れた。
 「タシト様、盗賊を捕らえました。殺してしまいましょうか。」
 「待て、捕らえたまま、連れて帰って大君に差し出すのだ。その前に、盗賊の素性をはかすのだ。」
 三人の盗賊を捕らえて、タシトたちは高千穂の宮に帰って来た。
 「大君、三人の盗賊を捕らえました。」
 「ご苦労であった。」
 「タシト、三人の素性はわかったか。」
 「大君の仰せのとおりでした。」
 「やはり、豊の国の部族か。みんなを集めるので、捕らえたままにしておけ。」
 高千穂の宮には、大君をはじめ、長老のイグラ、祭祀を司るコナキネ、久米部族のヨホトネ、広渡川付近の部族のヤコメ、大淀川付近の部族のアラト、五十鈴川付近のカラヤ、アギシである。
 「アギシ、その後異常はないか。」
 「大君、敵の部族がなにやらざわめいています。」
 「兵を集めているのだな。」
 「ヨホトネ、こちらも兵を集めろ。」
 事情を知ったヤコメとアラトとカラヤも兵を集めるのに同意した。
 静かに考え込んでいたイグラが。
 「大君、捕らえた者をどうされます。」
 「イグラ様、ヨホトネのところで処分しましょうか。」
 「どうでしょうか。戦闘用意して、戦いをしながら、和平を探るというのは。」
 「どういうことだ。」
 「戦いを優位にし、捕らえた者と引き換えに豊の国のヒメを人質にするというやり方です。」
 先代の大君アマツヒコヒコホホデミ・ヤマサチビコの時に、トヨタマビメ(アマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアヘズの母)を人質にしたように。
 「分かった。イグラそうしよう。」
 晩秋を向えたころ、ヨホトネ以下五十数名の軍が高千穂の宮に集結し、イグラが戦勝の祈祷を唱え、出発した。アギシの集落に陣取った。
 ヨホトネは三十数人の兵を率いて、豊の国のアギシの隣の集落を攻撃し、豊の国の兵が五十数人であったが、呆気ない勝利を得た。
それから、数日後、ヨホトネのもとに豊の国から使者がきた。
 「この度の戦はもとを正せば、わが方の稲穂の略奪からはじまっているもので、その件についてはお詫び申し上げます。あなた方が捕らえた者の代わりに豊の国の部族のヒメを人質にお渡ししますので、この度の件はお許しくださいとのことでした。」
 イグラの思うようにことが運んだのである。
このヒメこそが、イハレビコの母タマヨリヒメである。その後、アマツヒコヒコナギサタケウガヤフキアヘズ大君とタマヨリヒメが婚儀を開き、イツセ、イナヒ、ミケヌ、イハレビコの四子を儲けることになる。


にほんブログ村テーマ 原始ブログ集まれ。へ
原始ブログ集まれ。

PVアクセスランキング にほんブログ村

隠された古代史を探索する会
 隠された古代史を探索する会
隠された古代史を探索する会の会員登録


このエントリーをはてなブックマークに追加 mixiチェック

コメント

コメントフォーム
記事の評価
  • リセット
  • リセット