日本語は、海外の人から世界で一番難しい言語だと言われています。日本でも各地に方言があり、その地域でしかわからない言い方があるので、その地以外の人がその地の話し言葉を聞いているとチンプンカンプン。例えば、同じ関西に在住していても、大阪弁、京都言葉など、「ニワンス」で「ニアンス」のように少しずつ違っています。それが、文章にすると「ニュアンス」とちゃんとした日本語の文章になる。ニュアンスというのは、感情や表現方法によって言葉が変わるもので、日本語にはそのような言語がたくさんあり、「はし」や「なく」などいろいろありますね。日本人は、話の中からその意味を感知し、正しく理解します。それが海外の人はそれができないので、日本語は難しいということになるのです。
 日本語の文章は、ちょっと勉強した海外の人であれば理解できますが、それでも漢字一文字でも訓読みや音読みや呉音などもあって、おまけに当て字などあって日本人でも読めない熟語なんかもあります。現在でも,日本人は平気で外来語を取り入れ、サッカーの「ワールドカップ」という言葉でも、文章で「W杯」と書いてワールドカップと読んでいるのです。その辺りが日本人の柔軟性でしょうか。いろいろと新語がでてきて、いつの間にか消えていく。それの繰り返しによって、古代より日本人は日本語を使ってきました。
真草千字文 漢字は象形文字から発生し、文字からその漢字の意味を表わす。そして、中国の殷王朝の時代に占いをするのに甲骨文字が使用され、文字の形で物事の意味を理解しながら漢字を使っていました。その当時の中国でも多民族でいましたので、文字、漢字で言葉の意味を共有していたのですね。でも、日本では大和言葉と言って、縄文時代より文字を持たない民族で、話し言葉によってそのモノの意味を表わしていました。擬声語或いは擬音語ですね。今で言いますと日本語の副詞にあたるものです。犬の鳴き声を「ワンワン」と言ったり、寝ているいびきを「グーグー」と言ったりする言葉ですね。日本語には「たっぷり」「ちょうど」のように擬態語もありますね。この様な言葉を表わすには、漢字では無理があり、日本人はひらがなを使用しています。古代の日本人も副詞などで使われている言葉を表わすのに漢字から変形した万葉仮名を開発しました。
 この様に、日本語は縄文時代より古代に至るまで話し言葉が主流で、大和言葉が存在していました。そこに、漢字として最初に日本に入ってきたのは、漢の光武帝が奴国に与えた「漢委奴国王印」の頃(57年)でしょうか。それとも、秦の始皇帝が日本に送り込んだ徐福の来日の頃(紀元前200年頃)でしょうか。さらに、遡れば中国の周時代の万葉仮名呉の太伯・虞仲の時代(紀元前1,100年頃)でしょうか。でも、正式には応神天皇の時代に百済の近肖古王(346~375在位)が使者として日本に送り込んだ阿直岐が、論語や楽浪郡から百済に逃げてきた中国の論語学者、王仁が千文字の漢字を日本に伝えた。その頃から漢字が日本語として使用されるようになったと思われます。そのような漢字千文字を大和言葉に当てはめていったその当時の日本人の知恵は素晴らしかったと思われますし、その中には当て字もあったと思われます。漢字の意味と話し言葉の意味をミックスしたのでしょうね。また、日本の特有の助詞(は、へ、に、の、で、など、または、等)はどのように細工したのでしょうね。やはり、万葉仮名が必要になったことでしょう。
2017年4月29日

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