黒点 太陽には、表面を観測した時に黒い点のように見える部分、黒点が存在し、周囲よりも弱い光なので黒く見える。この黒点が暗いのは、その温度が約4,000°Cと普通の太陽表面温度(約6,000°C)に比べて低いためで、太陽の黒点が多い時は地球では寒冷化が進み、少ないと温暖化になる。黒点は数の少ない、黒点極小期には南北の緯度30度付近に現れ、次第に数を増しながらやがて黒点極大期の緯度15度付近に多数出現する。黒点は太陽の磁界に影響するのですね。地球が氷河期を終えた時期は、まだまだ、地球が寒冷化にあり、大陸の山々には雪の塊の氷が溶けないでいました。それが紀元前5,000年~紀元前3,000年頃、地球は、北極付近では4℃以上上昇した完新世の気候最温暖期になり、山々の氷が溶け出した。そして、中国の黄河や揚子江には頻繁に洪水が発生します。また、海面も3~5m高くなり、平野部は深くまで海が入り込んでいました。また、この温暖化の時期に中国の内モンゴル自治区や河北省や遼寧省でも暖かく、日本の東北地方でもサクラ、ケヤキ、ブナなどの広葉樹が森林に満ちあふれ、落葉広葉樹のブナからはドングリやクリなどの果実が食べられるようになった。中国の文化で言いますと遼河文明の紅山文化に辺り、日本では、三内丸山の縄文文化に当たります。
太陽黒点の過去11000年の活動。
 中国神話の最初に登場する人物は伏義と女媧で、紀元前3,300年~紀元前3,000年頃の人物だとされています。この伏義と女媧の説話は、揚子江の上流の雲南省でよく出てくる洪水神話の主人公。この当時、地球では温暖化が進み、洪水が多発していたのでしょうね。中国の文化では、長江文明の良渚文化に当てはまります。また、雲南省では水田による稲作が行われていたので、川の氾濫や洪水には困ったと思います。日本でも地球の温暖化が進み、三内丸山の縄文人達はドングリやクリを主食にして、狩や漁を行い、狩猟採取の食生活を送っていた。洪水やドングリの摂取は、気候の変化で探ることができ、その基準が太陽の黒点でした。
八卦爻と太極 この伏義は、天地の理(ことわり)を理解して易における8つの基本図像である八卦を生み出した人としても知られています。八卦は、長い横棒(─)と真ん中が途切れた2つの短い横棒(--)の2種類の爻(こう)があり、長い横棒を剛或いは陽、真ん中が途切れた2つの短い横棒を柔或いは陰とします。その爻を3本組み合わせると三爻ができ、この三爻を組み合わせると八卦爻になり、真ん中に陰陽思想と結合した宇宙の根源を表わした太極を据えている。この易が発展し、八爻を2組上下(爻が6本)に置き、それらの組み合わせが六十四爻。この六十四爻で占うのが周易です。太極図が宇宙を表わし、丸い形が太陽を表わし、円形の中の黒い方が陰、白い方が陽を表わしています。混沌(中国神話の怪物)の中から光に満ちた明るい澄んだ気、すなわち陽の気が上昇して天となり、重く濁った暗黒の気、すなわち陰の気が下降して地となった。この中の形に類似しているのが勾玉ですね。数字も奇数が陽、偶数が陰で、男女の区別は、男が陽、女が陰となっています。太陽からきている陰と陽が地球の万物に当てはめた考え方が陰陽思想で、後の道教や儒教に受け継がれることになります。
2016年12月4日

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