現在の浦島太郎のおとぎ話(https://youtu.be/2rIFSVsVMao)が完成したのは、室町時代に編纂された短編物語『御伽草子』で、丹後の浦島太郎の話を取り上げ、玉手箱や乙姫や竜宮城が記載されています。ただ、乙姫が住む竜宮城に浦島太郎は女人と舟に乗り辿り付いた。そして、玉手箱を開けたとき鶴になって、蓬莱山に飛び立ったと書かれている。現在話されている浦島太郎のおとぎ話では竜宮城が海の中となっているのは、『御伽草子』以降になってから付け替えられたと考えられ、竜宮城が海の中あったと言う話はたぶん昔からあった地方の話と入れ替えられたと思います。この浦島太郎のおとぎ話のメインは、竜宮城から帰ってきた浦島太郎が乙姫から開けてはいけないといわれた玉手箱を開けてしまって白老のお爺さんになる処だと思います。これは、不老不死の中国の道教の考え方なのです。
御伽草子の浦島太郎
 日本神話に「常世の国」という海の彼方にあると言われる理想郷が出て来てきます。永久不変、不老不死、若返りが実現される理想郷ですね。『史記』の「秦始皇帝本紀」では、秦の始皇帝が不老不死を求めて、山東省にいた徐福に不老不死の薬を求めた。その時、徐福は、東方の三神山にあると言いました。日本では仙人が住むという蓬莱山の「蓬莱」、神仙が住む東方絶海の中央にあるとされる島「方丈」、日本を指す名前となる「瀛州」の東方の三神山です。それで、徐福が3,000人もの人をつれて日本にやって来た。日本神話も渡来人によって作られたものだと思われます。すなわち、「常世の国」は日本になります。
 竜宮城は『御伽草子』では蓬莱山になっていますが、海の中にあるというおとぎ話はどこから来たのでしょう。これも日本神話の「山幸彦と海幸彦」の話に何らかの回答があるように思います。この神話(https://youtu.be/V_-GflfSfaY)は、宮崎県に集中して伝えられている民話で、山幸彦が海幸彦の釣り針を海でなくしてしまって困っている時に塩椎神(シオツチノカミ。潮流の神)が現れ、綿津見神(ワタツミ。海神)の宮殿へ行くように言った。その宮殿に現れた姫が豊玉毘売命(トヨタマヒメ)。山幸彦(ホオリ)と豊玉毘売命が結ばれて、ウガヤフキアエズ(神武天皇の父)を産む。この宮殿が後世になって竜宮城となったとされています。宮殿から帰ってきた山幸彦は裕福になり、海幸彦は没落していきます。そして、山幸彦を攻めたが最終的には海幸彦椎根津彦は家来になり、山幸彦を支えた。また、山幸彦に助言した塩椎神は、神武天皇の東征を促した神としても登場している。神武天皇の東征にあたって、明石海峡の速吸門で出会った国つ神で、船路を先導した椎根津彦(シイネツヒコ)は亀の甲羅の上に乗って現れ、この椎根津彦が浦島太郎の原型とされている。
 浦島太郎の伝記では、横浜市神奈川区には、浦島町・浦島丘・亀住町など浦島太郎にちなんだ名称があり、香川県三豊市荘内地区は、かつて「浦島」と呼ばれていたことがあり、町内に浦島太郎に由来する地名がいくつか存在する。これらは、神話から発生したものではなく、室町時代以降に庶民に浦島太郎の話が広まって、出来た伝記だと思われます。
 徐福が中国から3,000人もの人達を日本に送り、その人達が不老不死の郷として竜宮城の話を伝えたと思われ、「山幸彦と海幸彦」の話を推理すると、山幸彦は朝鮮半島から渡ってきて、日向の国に住み着いた弥生人で、海幸彦はそれ以前に日本にやって来た、或いは縄文時代に日向に渡って来た隼人や熊襲の人だったかも知れない。
2015年11月8日

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