日本の古代(縄文時代、弥生時代)を知る手がかりは、やはり中国の古代史を調べる必要があります。中国の歴史でも先史時代があり、中国の最初の王朝、夏、殷、周の時代以前の中国神話の時代です。その中で、三皇五帝の話があり、この神話は中国の正しい歴史ではないにしてもある程度参考にはなります。この神話は先史時代からの言い伝えをもとに前漢の武帝の時代に司馬遷が五帝以後の中国の歴史を執筆した「史記」を作成した。その後、唐の時代に司馬貞によって、「三皇本紀」が追加され、三皇五帝の話が完成するのです。
 中国の先史時代の歴史を知る上で三皇五帝の話は興味深いのですが、事実に沿った歴史であるかというと疑問に思います。この三皇五帝の話のなかで黄河の氾濫による治水の話が度々でてきます。最初に出てくるのが、三皇に扱われ、水神の神と言われている共工(現在のチャン族)と方船に乗って洪水を逃れた伏羲、女媧兄妹(現在のミャオ族)。五帝の時代では、天文を観察して暦を作らせた堯が天子を務めた時に、またも黄河の氾濫が起き、治水工事を夏王朝の初代皇帝、禹の父鯀(現在の越人)に託し、その工事に失敗すると殷の始祖と言われている舜に依頼し、舜が天子になった時に禹に治水工事を完成させた。
 史記では、三皇五帝で登場する人物の関係が同じ一族のように描かれているのですが、実はそれぞれ民族が違うのです。でも、これらの人物が活動した地区は黄河の中流から下流にかけてであり、現在の河南省、河北省、山西省辺りであったようです。堯の命令で治水工事をした夏人は元々、揚子江中流から下流にいて、長江文明を築いた春秋戦国時代の楚、越、呉の民族で、紀元前2,500年頃~紀元前2,000年頃に北上し、夏王朝を築き、現在の陝西省、山西省にいた殷王朝の民族に滅ぼされ、現在の河南省、河北省、山西省辺りから南下して、浙江省、江蘇省、安徽省、湖北省、福建省に移り住んだ。
 また、夏を滅ぼした殷王朝も舜に仕えた農耕の神、后稷を始祖とする周王朝に紀元前1,046年に滅ぼされる。殷の最後の王、帝辛の親戚に箕子がいて、殷滅亡後、朝鮮に追いやられ、箕子朝鮮を建国する。
 夏王朝滅亡後の夏人は、杞の国を建国し、或は楚の国を建国し、越人になり、その一部が中国の春秋戦国時代の動乱期に水田技術を持って日本に渡ってきている。また、殷滅亡後箕子朝鮮を建国したが、秦の始皇帝が中国を統一すると燕、斉、趙の民族が朝鮮に流れ込み、燕の衛氏によって箕子朝鮮が滅亡し、箕子朝鮮の民族は朝鮮半島を南下し、馬韓に移住し、百済になったころ日本に渡来した。
 日本に中国から渡来し、日本の原住民と同化していき、現在の日本人を形成しているのですが、中国が混乱期になった頃に日本に渡来してきているように思われる。
2011年12月23日

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