現代、民主党が政権を握っていて、去年の鳩山前総理の普天間基地での米国との交渉や沖縄県民との折衝、また、菅総理の尖閣諸島での中国とのやり取りのまずさ。これは、民主党政権が頼りないからだけでしょうか。このような国際問題を海外の人はどのように考え、日本人の事を評価しているのでしょうか。日本人が国際社会に対応できない国民性を持っていると言われても、しかたがないかも知れません。
 日本人の国民性を決める要素は、文化とか、日常生活を送るための態度、仕事に対する勤勉性といろいろあるでしょう。この要素のひとつとして、太古の時代から脈々と続いて来た大和言葉、日本語の特性を取り上げてみたい。日本語は、文字が出来て言語が出来た中国語や朝鮮語と違って、古来の大和言葉に代表されるように話し言葉から、弥生時代中期から後期にかけて、中国から漢字が入ってきて、漢字の意味と話し言葉を当てはめ、飛鳥時代に出来た万葉仮名を使って完成した経緯を持っている。その当時、漢字の読み方は訓読みが主流でした。日本語として意味がない漢字は、呉音や漢音のまま使用された事もありました。たとえば、天皇【てんのう】の事を『すめらぎのみこと』と読んでいたそうですから。
 いにしえララバイのブログ「日本の縄文文化と中国の文明」でも少し触れましたが、日本語の言語はアルタイ諸語族のツングース系語族と言われている。確かにSOV型(主語、目的語、述語)の語順で、らから始まる言葉を嫌い、単語に接頭辞が付いたり、語尾に接尾辞が付いたりする膠着語もある。その他に、日本語の特徴として、付属語(助詞、助動詞等)が付く。中国語や米語はSVO型(主語、述語、目的語)ですので、最初の話を聞いただけで結論がでます。では、日本語はどうでしょう。話を最後まで聞かないと分からない。しかも、付属語によって語尾が変わってくる。たとえば、聞き手ははっきりした結論を聞きたいのに、『そうではないかと思います。』とか『そのつもりで行います。』このような会話は、日本人同士では通用する会話ですが、性格のはっきりしている海外の人には通用するでしょうか。
 日本語の言語の曖昧さは、古代人が大和言葉で和歌を詠んでいた頃では、情緒とか奥域の深さとかですんでいたのですが、現代の日本では卑怯、狡さ、いい加減等の言葉で表現され、言動は体を表すではないですが、曖昧な日本語を使っている日本人の真の姿が見えないのではないでしょうか。
2011年1月4日

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