日本の天皇と言う名称は、世界の皇帝に当る意味合いがあると思っていました。しかし、中国神話の世界になるのですが、中国史を調べていると、中国最初の国家、夏以前の時代に三皇五帝がある事を知りました。この三皇には、天皇【てんこう】、地皇、人皇(泰皇)あり、各皇に何代か続き、その後、五帝が続いて、夏の時代に入っていく。天皇とは、中国神話において三皇は神ですので、天地が最初に誕生した時に降り立った神と言う事になり、十二支の暦を発案した。三皇の神話は、前漢の7代皇帝、武帝(紀元前156年~紀元前87年)の時代に、司馬遷によって編纂された『史記』三皇本紀に記載されている。また、前漢の時代(紀元前206年~8年)に、三皇五帝が中国神話に出てくる神、ミャオ族の祖、伏羲【ふくぎ】、女媧【じょか】、神農を当てはめたりしている。西晋の時代(265年~316年)には、三皇を伏羲、神農、黄帝とする説を唱えた。伏羲(紀元前3350年~紀元前3040年)は中国の雲南省を中心に勢力を持っていたミャオ族の祖で、洪水神話で妹の女媧と二人だけが生き残り、伏羲と女媧が夫婦になって、人類を創生した。神農(紀元前2470年頃)は漢方薬と農耕技術を伝えた神で、農具を鉄器に替えた農業の神です。神農の部族は、黄帝(紀元前2510年~紀元前2480年)と連合して華夏族(漢民族の原型)となる。中国史の中で、夏、殷(商)、周、秦、前漢と続く、漢民族の国家ですのに、黄帝と戦って負け、南下したミャオ族の神話が、中国神話として、残っているのも不思議に思います。このように、中国神話を体系化したのは、前漢の時代でしょうが、三皇五帝の神話や洪水神話は、周の時代や春秋戦国時代から、言い伝えられてきたのでしょう。秦の始皇帝が中国では、最初に国の君主を皇帝と定めたのですが、この皇は三皇から、帝は五帝からとって、三皇五帝よりも上である事を強調したかったのでしょう。
 日本で天皇【てんのう】と言う名称を使ったのは、神武天皇が初めてです。古事記では、神武天皇は神として扱われています。中国の三皇の天皇【てんこう】と同じ扱いをしたかったのかもしれません。日本で頻繁に天皇と言う言葉が使われるようになったのは、明治時代になってからですが、明治以前は天皇と言う呼び方を訓読みで『すめらぎのみこと』と呼んでいたようです。日本の天皇と言う読み方は、呉音の【てんおう】が連語になって【てんのう】となったのに対して、中国の天皇【てんこう】は漢音です。多分、意味合いとか、使われ方は同じではないでしょうか。日本の弥生時代早期に渡来したミャオ族や弥生時代前期に渡来した呉越の民族により、古代日本では呉音と話し言葉としての訓読みが普及していたのですから。
 日本神話で最初の頃に出てくるのが、イザナキとイザナミです。この兄妹が日本の国土を生み出していく神話ですが、この手の神話はアダムとイヴ(エバ)を描いた旧約聖書をはじめとして、世界中の神話によく出てくる話ですが、この手の神話が日本に伝わったとすると、やはりミャオ族の洪水神話に出てくる伏羲と女媧の神話ではないでしょうか。アマテラスの神話ですが、東南アジアからオセアニア諸国によく似た話があるそうですが、日本に伝わったとすると、中国の春秋時代の呉・越の国から伝わったオオヒルメの神話ではないでしょうか。日本神話の起源は弥生時代の早期から前期だと推測されますが、中国の前漢、後漢、魏と経過した時代で、倭の大乱が終わってからのように思えます。
2010年12月23日

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