イハレビコの曾祖父アメニシキクニニキシアマツヒコヒコホノニニキ(天つ神)がオホヤマツミ(国つ神)の娘コノハナノサクヤビメと結婚して、このヒメがホデリ、ホスセリ、ホヲリを産むのであるが、このオホヤマツミと言う国つ神は、縄文時代か弥生時代初期に日本にいた部族ではないか。古事記では、初めて天つ神と国つ神が一緒になると書かれている。この日本神話の私の所感は、台湾より南方から渡って来た民族が、縄文時代に日本にいた民族と同化したことを意味しているのではないかと推理する。
 さて、山幸彦(ホヲリ)と海幸彦(ホデリ)は兄弟で、ホヲリはイハレビコの祖父、ワタツミの娘トヨタマビメと婚姻関係にある。これを私なりに推理してみると。
 ワタツミの部族は、中国の春秋時代の呉越の国の帰化人。ホヲリ・ホデリは、弥生時代初期、日本に渡って来た台湾より南方の帰化人。ホデリは、魚介類を狩猟する隼人の部族。ホヲリは、山の麓で稲作を主とする部族。このホヲリが海岸にでて、シホツチ(潮の神で、弥生時代中期の南方の帰化人)に会い、竹の籠の船に乗って、対馬海流に流されて着いたところがワタツミの宮(対馬列島)。
 台湾より南方や呉越の国から船に乗ると、黒潮に流され、南の方に流されると南九州に辿り着き、北の方に流せれると朝鮮半島の南岸、弥生時代に山戸の国と言われた弁韓に着くし、対馬列島や壱岐や北九州に辿り着く。
 いにしえララバイでは、ワタツミの宮は臼杵の集落と便宜上しているが、実は対馬にワタツミの伝記があり、ワタツミの神を奉斎した安曇氏や筑紫の国や周防の国に住吉神社があることから、対馬の国ではないかと思う。ワタツミの宮が対馬列島だとすると、対馬も日本と同じで雑種の民族であるし、地理的に朝鮮半島からも近く、弥生時代後期には、高句麗や山戸の国等から、北方の文化や稲作技術が入ってきていたのだろう。
 ホヲリの部族すなわち、イハレビコの部族は、台湾より南方の民族ではあったが、呉越の国の文化や稲作技術を取り入れながら、ワタツミやトヨタマビメと言う対馬列島の北方の文化や稲作技術を取り入れたのではないでしょうか。

2010年5月16日



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