burugu2 戦前、日本では、日本人は単一民族であり、神武天皇が大和朝廷を樹立してから2600年と言われた。この根拠に対して疑問を持ち、この2600年前とはどの様な時代だったのだろうと。歴史的には、縄文時代の晩期から弥生時代の早期の頃である。古代歴史小説「いにしえララバイ」を執筆する動機もこの辺にあったかも知れない。弥生時代の早期や前期、中期における日本の歴史は、空白ばかりである。弥生時代の後期になって、後漢書東夷伝や魏志倭人伝に倭国の事が出てくる。そこで、朝鮮に目を向けてみた。
 紀元前2333年に建国した檀君朝鮮(だんくんちょうせん)が初代の古cyousen_3代国家である。支配していた領土は、北朝鮮半島で平壌の付近から北であった。紀元前1100年頃、中国の殷王朝を倒した周の武王が殷王朝の子孫箕子を朝鮮に移民させた。そして、箕子の子孫が壇君朝鮮を倒して、箕子朝鮮を建国した。中国の戦国時代、遼東半島付近を領土にしていた燕が紀元前222年に秦に滅ぼされて、朝鮮半島に逃げ込んで、斎の亡命者と一緒に箕子朝鮮を倒して、衛氏朝鮮を建国する。紀元前2世紀頃の朝鮮の国家です。その当時、日本はこの衛氏朝鮮の国外の属国であったと言う話もある。また、史記や漢書では、南朝鮮に銅剣文化を持つ農耕民族国家、辰国がありました。この国は、当時の倭と同じように多くの小国に分かれていた。また、中国の戦国時代の韓から流れていた民族だとも言われている。
 紀元前108年頃、前漢の武帝が衛氏朝鮮を滅ぼし、北朝鮮の楽浪郡に政治、経済、軍事等の基地を置いて、北朝鮮を植民地とする。この
cyousen_1頃、北朝鮮に扶余族系の濊(ワイ)族等が南下して来ている。紀元前1世紀頃になると、南朝鮮にも扶余族系が南下して来て、馬韓、辰韓、弁韓に分かれた。辰韓や弁韓は、辰国の流れを継ぐ事になる。馬韓は、扶余族系が主流になる。
 204年に、後漢は楽浪郡からさらに南下させ、帯方郡を設置し、西の濊族、南の韓三国、倭を属国にした。それから、313年に北の高句麗が南下して、帯方郡の西晋軍を倒して、北朝鮮を治めた。南朝鮮は、馬韓が
百済に、辰韓が新羅に、弁韓が任那になった。
 日本の弥生時代後半の歴史は、中国や朝鮮半島の歴史抜きでは語れない。中国の漢の時代や三国時代の歴史や朝鮮半島の古代史の流れが分かれば、邪馬台国の卑弥呼や神功皇后の時代が見えてくる。
2010年5月31日

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