滋賀県文化財保護協会が5月29日に相谷熊原遺跡から、13,000年前の土偶を発見したと発表された。13,000年前と言うと、縄文時代草創期にあたり、10,000年から8,000年前に最後の氷期の前であるから、九州、四国、本州、北海道が大陸と陸続きになっていた頃である。今まで、古代日本人が竪穴式住居で定住するようになった時期は、10,000年前の縄文時代前期で、鹿児島県の上野原遺跡や加栗山遺跡が一番古いとされていた。それが、今回の土偶は近畿圏の琵琶湖の周辺からの発見である。
 日本人の起源を考える上で、日本国土に定住している事が第一条件とすると、原始時代、石器時代の古代人は、食料の確保のため、住居の移動を頻繁にしていたので、日本人の起源とは考え難い。やはり、日本人の起源となると縄文時代の13,000年前から3,000年前の10,000年の間となる。氷河期と言う地球の気候の概念があるが、地球が冷え切っている時期を氷期、氷期と氷期の間で、地球が暖かくなる時期を間氷期と言われているが、現代は間氷期で、最後の氷期は70,000年前から10,000年前と言われている。今回の相谷熊原遺跡は、まだ、日本の気温差が一定でない13,000年前に、集落が近畿圏に存在した事に驚きを感じる。
 縄文時代に古代日本人が日本に定住し始めたのは、土偶と住居跡から分かってきた。では、日本人は何処から来て、定住したのだろう。縄文土器の系統には、北東アジア系、中国の北部・中部系、中国の南部系に分かれる。そして、縄文時代前期から中期にかけて縄文文化が栄えた。その代表的な集落跡が青森県の竪穴式住居、高床式倉庫、掘立柱建物、土坑墓等がある三内丸山遺跡(5,500年前~4,000年前)がある。縄文時代晩期から弥生時代早期(3,000年前~2,500年前)に黒潮に乗って、東南アジア、中国の南部・中部、朝鮮半島経由で、水田による稲作が渡来人によってもたらされる。このように考えると、日本には原始人、縄文人、弥生人と言う表現で、古代日本人を表しているが、日本人の起源と言うと、やはり、縄文人ではないか。縄文人に弥生人が加わって、日本人を形成している。
2010年6月7日

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